君の声は中毒性が半端ないです

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 茜色が広がってきて、うっすら青い所と交わったり、交わらなかったり。  空が不思議な色合いを魅せてくれる、ほんの少しの時間。  体育館の方から流れていた吹奏楽部の音色も、いつの間にか終わっていた。  賑やかだった昼間の時間も終わって、校庭の方から片付けの音が聞こえてくる。  私と彼は、まだ非常階段の上の踊り場で座っていた。  ……き、気不味い。  言うだけ言って、泣きたくなった気持ちも落ち着いて、今度はいつ顔を上げたら良いのかタイミングを見失ってしまったのだ。  あーーーーー!  やっぱり馬鹿正直に言わなきゃ良かったかなーーーぁ……  気まずさの波に揉まれながら、頭の中で私会議を始めるも、解決方法は出てこない。 私1『取り敢えず、【えへへ、言うだけ言ったらスッキリしちゃった☆聞いてくれてありがとっ】とかヒロインぶって誤魔化しては?』  無理です。 そんな事したら、目の前の柵を飛び越えたくなりそうです。 私2『何事も無かったかのように、ダンスに行こうと誘っては?もう始まる時間の筈』  なんて? 第一声は、なんて言えば良いの?  その内容もタイミングも見失ってるから膠着状態なんです。 私3『寝たふり、する?』  アホかーーーっ!  ……ダメだ。  私会議終了。  脳内一人ツッコミをしつつ、いい加減お尻が痛くなってきたと思う。  彼は痛くないんだろうか?  モダモダ考えていると、突然彼が口を開いて、私はビクッと体を揺らした。 「俺さ、今まで苦労らしい苦労とか、必死に頑張るとか、した事無いんだ」  それまでの沈黙が無かったような口調で、サラリと話す。 「と言うか、ココに居るのは大体そんなもんじゃねーかな。  ちっちぇー頃から親が何でも用意して、与えられて、無理しない範囲で最適なモノをこなしていくだけ。失敗しても、いくらでもやり直しがきく。  金があるってさ、保険があるっていうか。失敗したって上手くいかなくたって、湯水のように金かけられて習い事やら塾やら、結果リカバリー出来るっていうか。  ……なんか、絶対死なないゲームしてるみたいな、残機∞のゲームとかさ。そんなの、熱くなれないよな」  いつもと違って、少しだけ自嘲気味の声に、そっと顔を上げる。  俯向きがちな私の視線と、どこか寂しそうな彼の視線が一瞬重なった。  すぐに、私が視線を逸らしてしまって、微かに笑ったような吐息が耳に届く。 「いいんじゃないか? 別に、許さなくても。すぐには分からなくてもさ。  生き方の答えなんて、決まった正解は無いもんだろ?」 あっけらかんと言う彼に、今度こそ彼の顔を凝視してしまう。 「そ、そう、かな? 意外だね。いつも、上手くみんなをまとめてて、なんて言うか……  正解を全部分かってて、間違わない人みたいに見えてたから」 「はぁっ⁉︎ ンなわけないだろ。俺だって迷うし、間違ってる時もあるって」  いや、そんな風には見え無いです。  だけど彼は、何故か羨ましそうに憧れるように、目を細めて私を見る。 「俺は、お前って凄い奴だなと思ってる。  自分が出来る限界とか、俺らみたいに親が失敗した時の保証を残してたりとかしないのを知ってて、それでも届かないかもしれない目標に向かって頑張ってんだろ?」 「うん、まぁ、そうだね」  凄いかどうかは置いといて、無理して入って留年するかもとは常に思っている。というか、入学後の授業の早さに置いて行かれないよう、今も必死で毎日勉強しています。 「初めて見た時も、スゲー必死な顔しててさ。  何をそんなに必死になってんのかとか、そこまで思える目標があるのかとか、少し羨ましかった」 「え? 初めてって、下駄箱で六条さんの誤解を解いてくれた時だよね? そ、そんな顔してたかなぁ」  あれはどちらかというと、もう周りみんな敵に見えて泣きたい、という感じではなかっただろうか?  思い返して小首を傾げる私に、彼は少し目を見開いて、意地悪くにぃっと笑みを浮かべた。 「ふーん。そ? ま、それならそれでいいんじゃないか?」  え、え? 初対面って、下駄箱じゃなかった?  思い掛けない反応に、あたふたと記憶のフォルダを一斉に開こうとするも、ワーキングメモリ不足でフリーズしそうになる。 「さってと、そろそろ本当に時間だな。っ足痛ぇ〜。お、もう篝火付けてんな」  少し屈伸をしながら立ち上がる彼を見上げて、私も少しふらつきながら立ち上がって、手すりから校庭を覗いてみる。  夕暮れの校庭にあるのは、想像していた神社とかのお焚き上げのようなキャンプファイアーでは無くて、洒落乙な照明が並んでいた。  黒や銀の鉄製らしきソレは、篝火とガス灯を足して割ったような物だった。  蔓草を模した支柱の先には、薔薇の花をモチーフにしたような受け皿部分があって、そこに燃料を置いて燃えているみたいだ。  成る程、看板に貼ってた紙だけ燃やしてるのね。  そりゃそうか、毎年あんな木を組んで作ったりやってられないし、今年もやってない。何処かから学級委員が持ってきた物だ。  少し離れた所からでも、生徒の肩あたりの高さで揺らめく炎がよく見える。  空の不思議な色と相まって、幻想的な風景に見惚れていると、気遣うような声が私の肩に降り注ぐ。 「ほら、折角の祭りなんだから、今は楽しもうぜ」  彼の言う通り。見ている間に準備は終わり、校庭でダンスの楽しげな曲が流れ出して、校庭は歓声で湧き上がった。
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