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少年の台詞が持つ意味が、望結にはすぐに理解できなかった。
頭上から舞い降りた紅葉が、二人の間を通り抜けていく。葉が地面へと落ちる頃になって、ようやく望結の口が微かに動いた。
「……どうして?」
そう尋ねることしかできなかった。それ以上言葉を紡ごうとしても、唇が震えてか細い空気が漏れるのみだ。
「知っているさ。君が生まれたときから、ずっと一緒にいたんだもの」
少年は望結の頬にそっと手を添える。望結はそれを拒む気になれず、目を閉じて少年の温もりを受け入れた。たった今出会ったばかりの人物だというのに、赤の他人とは思えない不思議な心地だ。少年の指が頬を撫でるたびに、懐かしさすらこみ上げてくる。
――ああ、そうか。そういうことか。
何故急に旅をしたいと思ったのか、何故行き先に那須野が原を選んだのか。心の奥に眠っていた感情が次々と目覚め始め、望結の胸に溢れてくる。
――私は、憧れていたんだ。もっと美しく生き生きとした存在に、生まれ変わりたいと願っていたんだ。
もっと強くなりたかった。荒涼とした心を美しく作り変えてくれる人に、ずっと側にいてほしかった。
だが、そんな人を探す必要などなかったのだ。
“彼“はずっと側にいてくれていた。“彼”が背中を押してくれたからこそ、望結は名も知らない男性にハンカチを渡すことができたのだ。
“彼”とともに、本物の那須野が原を見たいと思った。そして、その“彼”は今――
望結の頬を一筋の涙が伝う。少年は愛おしそうに目を細めると、望結の頭にそっと手を置いた。
「はじめまして。僕の名前は――」
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