夢の中で

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 まぶたに柔らかな温もりを感じて、イサは静かに目を開いた。視界が徐々に光を取り戻し、暗闇が白へと塗りつぶされていく。  そこは、病室ではなくなっていた。一歩先すら見通せないほどの濃い霧が、辺り一面を隙間なく埋め尽くしていた。じっと目を凝らせば僅かに揺らめいていることが分かるが、自身の手すらも顔の前に掲げなければ形を捉えることも叶わない。  イサは深い霧の中に立っていた。もはや体の一部と化したベッドも、閉塞的な病室も跡形もなく消え失せている。  視界を奪われていながら、イサは恐れや不安など全く感じていなかった。むしろ強い期待感を抱き、胸の高鳴りを抑えきれずに素足で何度も宙を叩く。イサにとっては、辺りを埋め尽くす白も恐怖にはなり得なかった。無機質で常に消毒液の臭いが漂う病室に比べれば、遥かに温かみのある空間に感じられたのだ。  イサはじっと動かず、その場に留まり続けた。ここで待っていればすぐに“彼女”がやってくるはずだが、今日はなかなか現れない。辺りには真っ白な霧が漂うのみであり、いくら目を凝らしても人影を見つけることは出来なかった。  しばらくは大人しく待っていたイサも、次第に気持ちを抑えられなくなっていった。ついにじっとしていることも耐えられなくなって、霧の奥に沈んだ足を一歩だけ踏み出してみる。霧の中からゆっくりと引き上げられた血の気のない足が、再び白の中へと沈んでいった。  「こっちだよ」  足が見えない地面を捉えると同時に、どこからか少女の声がした。澄んだ水底で転がる小鈴のような声は、立ち込める霧に溶けてイサの耳に流れ込んでいく。  ーーあの子が来た。  そう悟った瞬間、イサの心から闇が消えた。片隅に潜んでいた僅かな不安すらも、風に吹かれた塵のようにかき消されていく。  イサは声のした方向へと弾かれたように駆け出した。現実でなら歩くのもやっとの身だが、ここは夢の中だ。病というしがらみから解き放たれた体を存分に動かし、地面を蹴っては踏みしめて前へと進んでいく。  「もう、慌てなくたっていいのに」  すぐ隣にいるかのように声が近い。呆れつつも楽しげに弾む声はやや幼く、それでいてどこか澄ましたような響きを孕んでいた。  初めて聞いたときから、イサはこの声が好きだった。できることなら夢も現実も関係なく、ずっと聞いていたいと思っていたほどだ。
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