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「彼女は、じきに消える」
雑誌に目を通すイサに向けて、影は冷ややかな言葉を発した。それは空気の流れに乗ってイサの耳に流れ込み、乾いた土に染み込む水のように緩やかに意味を形成していく。
イサは弾かれたように顔を上げた。ローブに隠された顔からは、やはり感情を読み取ることができない。
「この場所もお前も、そして私も。跡形もなく消え失せることが、彼女の望み」
――そんなはずはない。
イサは激しく首を振った。影は冷笑を孕んだ息を小さく吐き出し、大股でイサへと近づいていく。
「お前の意思など関係ない」
湧き上がる感情に任せて、イサは影に飛びかかった。避けようともしない影の胸ぐらを乱暴に掴み、体を激しく前後に揺さぶる。何度も何度も揺さぶられるうちに、影の頭部を覆っていたフードがはらりと落ちた。
夜を封じ込めたような黒い瞳が細められ、静かにイサを見下ろした。肌は向こう側が透けて見えそうなほど白く、口元には淡い紅色が宿っている。耳に少しかかるくらいの黒髪は一本一本が細く柔らかで、精巧な陶器を思わせる艶を放っていた。
イサは目を見開き、息を呑んだ。白い肌が微かに血色を帯びていることを除けば、目の前にある顔は自分自身と瓜二つだったのだ。
「……お前に、私の何が分かる」
影の声に少女の声が重なる。イサは辺りを見回したが、少女の姿はおろか人影すら見当たらない。
まさか、とイサは影の顔へ目を向ける。冷ややかな眼差しとともに、影の手がイサへと向けられ……。
強烈な力で、イサの体が後方へと押し出された。影の姿がみるみるうちに遠ざかり、伸ばした手が虚しく宙を掴む。後頭部が地に伏すより先に、イサの視界は白く塗り潰されていった。
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