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ひんやりとした湿気が、イサの頬を撫でた。鼻を抜ける空気も水分を含んでいて、苔や草木の匂いが体内に満ちる。
イサは唸るように息を吐きながら、重いまぶたをゆっくりと開いた。白い光が針のように突き刺さり、目の奥がずきずきと痛む。目をこすりながらふらふらと立ち上がって辺りを見回した。
そこは、かつて少女に連れてこられた水辺と思われた。断定できないのは、あの日とは比べ物にならないほどに景色が変わり果てていたからだ。
辺りを囲んでいた木々も、歴史を感じさせる石壁もほとんど見当たらなくなっていた。イサの足元にある僅かな水溜まりを残して、ほぼ全てが白く塗り潰されてしまっていたのだ。写真から色を抜き取ったようにも、白い絵の具を垂らしたようにも見えるその光景は、今までに感じたことのないほどの不安をイサに抱かせた。
イサはその場にしゃがみ、水面に映る自分の顔を見つめた。白い肌も、黒い髪も瞳も、鏡に映したように影と瓜二つだった。違いがあるとすれば、イサのほうが遥かに顔色が悪く、目も虚ろだということくらいだろう。
胸に強い痛みを感じ、イサは水面に膝をついた。痩せ細った手で胸を押さえ、何度も激しく咳き込む。
体中から酸素が抜き取られる感覚にいつもより長い時間を耐え忍び、ようやく咳が治まった。胸を押さえたまま荒い呼吸を何度も繰り返すと、口の中にうっすらと血の味が満ちた。
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