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自身の弱さに、イサは強い苛立ちを覚えた。
少女とともに過ごす時間が好きだった。何もできない自分に笑いかけてくれる、たった一人の存在を大切にしたいと思った。だからこそ早く病気を治して、彼女を守れるようになりたいと願い続けてきたというのに。
固く閉じたまぶたの裏に生ぬるい体液が滲む。暗闇に閉ざされた視界に、少女の楽しそうな顔が蘇った。日だまりのように温かくて、優しさに満ちた笑顔……。
何度思い返しても、あの表情が偽りだとは思えなかった。ほんの少し陰が落ちていたこともあったが、それもごく稀だったはずだ。
あの陰が、少女の抱える闇だったのだろうか。仮にそうだとしても、彼女は本当に消えることを望んでいるのだろうか。
思い悩むイサの足元で、乾いた音が空気に溶けた。イサが目を落とした先には、派手な色彩が目を引く雑誌が濡れることなく落ちている。表紙も中身もかなりよれて皺だらけになっており、相当読み込まれていたことが容易に想像できた。
紛れもなく、少女が常に持ち歩いていたものだ。この雑誌はイサの手に渡っては消え、また現れてを繰り返している。まるで、意思を宿しているかのように……。
一体、この場所の何が彼女を惹きつけたのだろう。イサは雑誌を拾い上げると、ぱらぱらとめくりながら中身に目を通していく。読み進めていくにつれて、イサの意識は本の中に吸い込まれていった。
――そうか、そういうことか。
少女の心に、ほんの少しだけ近づけた気がした。イサは本を閉じて小脇に抱えると、無機質な白に染まった空を仰ぐ。
この場所は、始めから美しかったわけではない。先人によって価値を見出され、彼らの手によって美しい世界へと生まれ変わっていったのだ。
きっと彼女も、そうなることを望んでいるのだろう。もしそうだとしたら、この世界で先人の役割を果たせるのは――
足元の水面が揺らぎ、イサの顔が鮮明に映りこんだ。イサは水面に浮かぶ顔をじっと見つめながら、深く息を吸いこんでゆっくりと吐き出す。
「君は、このままでいいと思うのかい?」
水面に映る顔が、ひとりでに口を開いた。足元に満ちる水のように波打つ声が、イサの心を直接震わせる。
――よくない。いいわけがない。
イサは激しく首を振り、真っ直ぐに水面を見つめた。水中の顔はイサをじっと見つめたのちに不敵な笑みを浮かべ、水泡が弾けるように一瞬で姿を消す。
その瞬間に、不思議と呼吸が楽になった。
――あの子を、救いたい。
イサは空を見上げて強く息を吐く。体が羽のように軽くなったのを感じ、イサは水面を蹴って高々と跳躍した。
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