変わるために

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変わるために

 着地と同時に、周囲に緋色の葉が舞い散った。既に日は落ち、月明りの下を葉がひらひらと舞い落ちていく。  影は、イサのすぐ目の前に立っていた。戻ってくるとは思っていなかったのか、びくりと体を震わせて一歩後ずさる。  「……来ないで」  影はイサそっくりな顔で、少女と同じ声を発した。か細い声は震えており、今にも泣き出しそうにすら感じられる。微かに湧き上がった罪悪感を抑え込み、イサは首を振ってから真っ直ぐに影の目を見つめた。怯える影を追い詰めるように、一歩、また一歩と近づいていく。  「やめて! 来ないでって言ってるでしょ!? あっち行ってよ!!」  少女の金切り声が、空気を激しく揺さぶった。鼓膜を突き刺すような刺激に耐えながら、イサは構わず影へと近づいていく。イサが一歩を踏み出すたびに、影は一歩後ずさる。  やがて、少女が足を止めた。伏せられていた顔が持ち上げられ、硬く閉じていた目が静かに開かれる。  「邪魔を……するなぁ!!」  絶叫とともに、影がイサめがけて駆け出した。真横に伸ばした両腕が液体のように揺らぎ、鋭利な刃物へと姿を変える。  ーーそれでいい。僕を見るんだ。  イサは逃げなかった。真っ直ぐに影を見つめたまま、身構えもせずにその場へとどまり続ける。影の目に微かな驚きの色が滲んだが、それでも勢いを弱めることなくイサへ刃を突きつける。  逃げては駄目なんだ。彼女が望んでいるのは――  刃がイサの腹部に触れた。先端がわずかに食い込み、強い痛みがイサを襲う。肩や胸、頬にも次々と痛みが生じる中、イサは目を閉じて両腕を広げた。  影が息を呑む音が聞こえた。鋭い切っ先が体内へ次々と侵入を果たし、激痛とともに生温かい液体が肌に溢れていく。呼吸をするたびに刃が深々と突き刺さり、焼けるような痛みが全身を駆け巡った。  痛い。苦しい。  だが、逃げるわけにはいかなかった。これは、“彼女”が抱き続けてきたものなのだ。“彼女”の中で生きる身として、“彼女”を支える者として、絶対に知っていなければならない感覚。この世界を救うためには、すべて受け止めた上で前に進まなければならないのだ。
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