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イサの腕から、感覚が消えた。つい先程までそこにあった感触を求め、閉じては開いた指がただ虚しく宙を掴む。
少女の姿は、跡形もなく消えていた。辺りを見回したが、どこにも姿はなかった。まるで、始めからいなかったかのように……。
いや、違う。
イサは胸に手を当てて、静かに目を閉じた。いくらか血の気の戻った指先に、確かな鼓動と温もりを感じる。一時はほとんど歩けないほどに弱っていた体が、着実に生気を取り戻しつつある。
それは、“彼女”が強く生きることを決めた何よりの証拠だろうと思った。“彼女”が消えてしまえば、自分もまたこの世界ごといなくなってしまうのだから。
――これで、いいんだ。
イサは緋色に染まった空を見上げた。いつの間にか白く抜け落ちていた箇所に、少しずつ鮮やかな色が戻っていく。まるで白い紙の奥から、様々な色が滲み出てくるようだとイサは思った。
自分はこれからも、この世界で生きていくのだろう。彼女の心として、ずっと側にーー
本当に、それでいいのだろうか。
納得しかけていた心に、小さな疑問の芽が顔を覗かせた。それは瞬く間に大きな葉を広げ、蔦を伸ばし、天まで届きそうな勢いでみるみるうちに大きく成長していく。
“彼女”を支えるだけならば、ここに留まっていても問題はない。だが、イサの望みは……。
「もっと近くで、あの子を支えたい。あの子の中じゃなくて、隣に立ちたい」
見えない誰かに宣言するように、イサははきはきと願いを口にした。心の中からではなく、一人の人間として彼女の側にいたいとーー
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