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――随分と長い夢を見ていた気がする。
不鮮明な意識の中、視界を覆っていたのはひどく無機質な白だった。ただの色に過ぎないその光景は、時間の経過と共に格子模様を刻み、正しく敷き詰められた長方形の存在を露にする。
その様子を、望結は虚ろな目で眺め続けた。やがて白の正体が天井だと悟り、鼻の中に満ちる消毒液の臭いへと意識が向けられる。指先に力は入らなかったが、ほとんど皺のない硬い布の感触は十分に感じ取ることができた。
ーー私、生きてるんだ。
一定のリズムで鳴り続ける電子音と、眩い照明の明かりが重々しい。かろうじてこの世に留まったという事実に、望結は何の感慨も抱かなかった。むしろその事実が、望結の胸を暗い色に染めていく。
死にたい、などという気持ちはなかった。顔を合わせるたびに口論を繰り広げる両親に、少しうんざりしていただけだ。
あの日、両親が買い物に出かけるのを見送った後、望結は外の空気が吸いたくなってベランダに出た。家の中は掃除が行き届いていたが、少し埃っぽくて息苦しかった。窓を開けた瞬間に冷たい風が流れ込んできて、頬や鼻先を撫で上げていったのがとても心地よかったことを覚えている。
爽やかな空気がもたらす解放感に胸が躍り、柵に手をかけて身を乗り出してみた。目を閉じて風を浴びれば、心にまとわりつく黒いもやが晴れていく気がした。その感覚をもっと味わいたくて柵から身を乗り出した瞬間、体がぐらりと傾いて宙に投げ出された。
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