思い出の場所

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 やがて目的の駅に到着し、望結は列車を降りた。流れる人波の隙間を縫い、駅を出て住宅が建ち並ぶ町を歩いていく。列車内とは打って変わって、望結は何も考えず淡々と歩を刻んでいった。  砂利の敷き詰められた真っ直ぐな道を前にして、望結はぴたりと足を止めた。頭上を緋色に染める紅葉の木から一枚の葉が落ち、望結の頭へ舞い降りる。望結はその葉をつまんで目の前にもってくると、時折指先を捻って回しながらじっと見つめた。    葉を手にしたまま、望結は再び歩き出す。道の脇に立つ石碑には、流れるように綺麗な文字で「大山参道」と刻まれていた。すでに雑誌で知っていたその名前を横目で流し見ながら、望結は参道へと踏み込んでいく。一歩踏み出すたびに足元に積もった落ち葉が踏み砕かれて、乾いた音を奏でた。  参道の真ん中あたりまで進んだところで、望結はふと足を止めた。  自分は数ある名所の中で、どうしてここを選んだのだろう。考えてみれば、予定を立て始めた段階ですでにここを訪れることだけは明確に決めていた。確かにこの場所も美しいが、他にも魅力的な場所はたくさんあるはずだ。  考え込む望結の脇を、大柄な中年男性が通り抜けていった。背負った黒いリュックのポケットからは、深緑色の布――おそらくハンカチだろう――が垂れ下がっている。  かろうじてポケットの端に引っかかっている程度で、今にも落ちそうだ……と思った直後、ハンカチは周囲を舞い散る紅葉のようにはらりと地面へ吸い寄せられていった。男性は全く気づいていないらしく、地に伏した小さな布を置いて遠ざかっていく。望結は慌てて辺りを見回したが、ちょうど人の流れが途切れていたらしく、男性がハンカチを落としたことに気づいた人はいないようだった。  人を見かけで判断してはいけないと、望結はさんざん言い聞かせられてきた。だが、本当に怖い人である可能性もないわけではない。  望結は俯き、考え込んだ。あの男性の持ち物とはいえ、それほど高価なものではないだろう。見なかったことにすればいい、という気持ちが望結の中で徐々に大きくなっていく。
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