夢の中で

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 少女に引かれるままに宙を漂っていると、徐々に周囲のもやが晴れてきた。何もない真っ白な空間に緑色の染みが浮かび、それが徐々に大きくなってイサたちの周りを囲んでいく。  やがて空気がひんやりとした湿り気を孕み、土の匂いを纏ってイサの体内へと流れ込んできた。草木の青臭さや自然な水の匂いも漂い始め、先へと進むたびに空気が厚みを帯びていく。  どこからか小鳥のさえずりが聞こえ始めると、周囲を覆っていたもやが風に吹かれたかのように急激に晴れていった。目の前に緑や青みがかった岩壁が現れ、足の指先に冷たい水が触れる。  「どう?」  少女がイサの手を握ったまま振り返った。大きな目は慈しむように細められ、桜色の唇は緩やかに弧を描いている。この世の穢れを何一つ知らないのではと思わせる純粋な笑顔が、イサの目には何よりも眩しく映った。  少女が足元へと顔を向ける。後を追うように視線を落としたイサは、感嘆の声の代わりに大きく息を吐き出した。  イサと少女は、水の上に立っていた。水面ぎりぎりで宙に浮いている、と言ったほうが正しいのかもしれない。足元にはうっすらと霧がかかり、穏やかな川のように前から後ろへと音もなく流れていく。足先で水面を突けば、霧を隔てた水面が幾重もの円を生み出し、消えていった。  肌に触れるすべてが冷たい。だが、イサにはその冷たさが心地よかった。現実で大半の時間を過ごしている病室はいつも暖かかったが、消毒液や大して美味しくもない食事の臭いが常に漂っていて好きになれなかった。  「名前」  少女が前に向き直り、どこか寂しそうに口を開く。微かに波打つ水の音が、少女の呟きを吸い込んでいった。  「分かんないんだ。ちゃんと覚えてきたはずなのに、忘れちゃった」  無邪気な笑顔に、一瞬だけ陰が差す。繋いだままの手を握る力が僅かに強まり、柔らかな少女の手が骨張った手を包み込んだ。
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