人を良くすると書いて……

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人を良くすると書いて……

「主文朗読は後回しにして、先に判決理由から述べます」 裁判長が抑揚のない淡々とした口調でそれを言った瞬間に、被告人席に座る男は項垂れながら後ろに座る弁護人をちらりと見た。その視線に気がついた弁護人は申し訳無さそうに顔を背ける。男を腰紐で繋ぐ二人の警察官は渋い顔をしながら、後ろを向いた男の顔を前に向けさせる。男が前を向いた先の検察官は無表情で男を見つめていた。 裁判長の正面にいる書記官と速記官も無表情で手を動かし、仕事をこなす。 それから裁判長は判決理由を語り始めた。 被告人は何の罪もない一家四人を惨殺。家の雨戸が全て閉まっていたことから、どこか長期の旅行に行ったと判断した被告人は勝手口のドアをこじ開けて、家に侵入。婦人(43歳)所有の指輪、ネックレス、等10点(時価50万円相当)を盗取、忘れ物をしたことに気がつき戻ってきた婦人にその姿を見られ、悲鳴を上げられる前に持っていた刃体の長さ13センチのナイフで婦人の首を一突き、逆手でナイフを持っていたことから殺意は明白。婦人が帰ってこないことを不審に思った長女(13歳)にその姿を見られ、長女がスマートフォンを持ったことで通報されると思い、部屋にあったタンスの角(上部)で頭を何度も殴打、頭蓋骨が陥没し、長女が絶命したところで逃亡のために勝手口へ。 裁判長はそこまで言ったところで一旦口を閉じた。そして、淡々としながらも冷徹さを感じる口調でこう付け加えた。 「極めて利己的な許されざる犯行であると言えます」 こういった事件に接することは決して少なくない裁判長がこれを言うことは極めて異例であった。 裁判長は再び、判決理由を言い続けた。 被告人は勝手口から逃亡を図ろうとしたところ、やはり母と姉が戻ってこないことを不審に思った家の主人(45歳)が勝手口に来たところで、被告人は主人と相対、被告人は台所の流し台に立てかけられていた刃体の長さ15センチの包丁で主人の喉を何回も突き、喉の切創からくる頸動脈の切断、出血により殺害した。被告人は血まみれになった体を誤魔化すために、クローゼットに掛けられていた主人の背広に着替える。容疑者が勝手口から出たところで、家の前に停めてあった車の中にいた長男(6歳)と目が合い、見られたと思った被告人は鍵のかけられていなかった車のドアを開け、長男の首をネクタイで締めて殺害。 物取りのために民家に押し入り、次々と不運にもその現場に遭遇した家族を殺害、いずれも容赦は無い、このように被害者を殺害した様態は冷酷かつ残虐としか言えない。 口封じのための一家四人惨殺は極めて悪質であり、遺族(祖父、祖母ら)の被害感情も峻烈で、社会に対する影響も大きく、犯行動機も汲むものが無い、始めは空き巣のつもりであったことから、一家殺害の計画性が高くないとは言え、被告人が前科も無く人生を送り、被告人も反省の弁も無く更生の余地が無いことを考慮すると、被告人の刑事責任は極めて重大であると言える。 「主文、被告人を死刑に処する」 男はこの瞬間より、被告人から死刑囚になった。
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