残業2時間目 パソコン起動

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残業2時間目 パソコン起動

 あいつが去ってからどれだけ時間が流れただろう。  先ほどまで降っていた雪がいつの間にか降り止み、北陸独特の冬の 闇夜と静寂が営業所周辺を包んでいる。   そんな中、寺橋が新しいタバコに火を着けながら先週の日曜日に起こった出来事をポツリポツリと話してくれた。  どうやら日曜の夜中に客先の工場で漏水が発生してたらしい、その漏水というのも只の漏水ではなく、もし処置が遅れていたら工場の生産ラインが停止し、多額な賠償請求を要求されかねないような重要な部分での漏水だろう。  慌てた客先の設備監視員は、メンテナンスでいつも入っている角水社の担当者に電話したが誰にも繋がらず、散々至る所に電話を掛けまっくった結果、寺橋が電話に出たようだ、急いで寺橋が現場に駆けつけた時には生産停止寸前くらいまで水漏れが進んでいて寺橋ではどうすることも出来ない状態っだったそうだ・・・  「俺、その時点であの人に電話したんですよ・・・そしたら休日の夜中なのにあの人すぐに現場に来てくれて・・・少し客先と揉めはしたけど、あっという間に漏水も修理してくれて・・おかげで生産停止せずに無事、装置復旧完了したんですよ、そしたら客先の設備監視員が(漏水した原因と、なぜ緊急時の電話に寺橋以外の角水社担当者が出なかったのか?)についての報告書を翌日の朝に出せって言ってきたんですよ・・・・」  「だって、生産停止もしなかったし漏水も直って問題なく動いたんだろ? しかもそんな遅い時間に作業終わったんなら報告書なんて書いてる時間無いって客先も分かるだろ?」  俺は少し腑に落ちない客先の要望に苛立ちを覚えながら寺橋の顔を覗き込む。  視線の先はたぶん何も見えていない・・・まるで遠いところにある何かを見つめているような表情の寺橋は、タバコの長くなった灰を落とすのも忘れて話を続ける・・・  「だってあの工場24時間体制でしょ、設備監視員だって3交代制で勤務してるから夜とか昼とか関係ないし、それぞれの人が入れ替わり立ち代り資料の要求とかしてきますからね、角水社が3交代制じゃないのが悪いくらいで言ってきますよ! あの人も初めはせめて昼からの報告書提出にしてくれと頼んでたんですけど、客先が頑なに翌日の朝8時に提出しろと言って話聞かなかったんです・・・」  少し寺橋が言葉につまる、手に持っているタバコはフィルター近くまで赤い火種が登っている、そんなタバコを持つ寺橋の浅黒い手が少しづつ震えだしていた・・・    「そしたらあの人、『報告書は俺が作っとくから寺橋はさっさと帰れ!』て言い出すんですよ、もう12時は廻ってるくらいの時間なのに・・・俺も手伝うと言ったんですが・・・いいから帰れの一点張りで・・・」  寺橋の指の間のタバコの火はとっくに燃え尽き、辺りにはフィルターの焦げる嫌な匂いが立ち込めている・・・  「あいつ・・・そんな時間からパソコン立ち上げたのか・・・・」  俺の呟きに力なく頷く寺橋・・・    深夜にパソコンを起動させる・・・それは俺達にとっては自殺にも似た行為だった・・・。  次へ
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