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駒沢
「ーーいつまで続けるつもりだ?」
俺は家を出る前に父に言われた。
「お客さんは来てるのか?こないだ貸したお金も返せてないじゃないかっ」
「もう少し待ってよっ。お客さんは来てるよっ。それに良かったって言ってまた来てくれるお客さんもいるんだからっ」
それは事実だった。だが、採算が取れているかと言われれば、父の想像通りであった。
「悪いことは言わん。もうやめろ。潮時だ」
「せっかくここまでやって来たのにっ、あと少しなのにっ」
俺は農学部出身で、もともと実家を継ぐ予定だった。一方の父は、せっかく大学に行ったのだから、安定した職業に就いてほしいということで、実家を継ぐことを許してくれなかった。
「ーー父さん、俺、飲食に就職することにしたから」
この話をした時、父はあからさまに落胆の表情を見せた。
「大学まで出てわざわざ水商売に就くとは・・。何しに大学に行ってたのか・・」
「父さん、飲食が全部水商売なんて考えが古すぎるよ。飲食もちゃんとした仕事なんだから。そこはチェーン店でーー」
「ーー関係ないっ。もういいっ。好きにしろっ」
父の反対を押し切って飲食に就職したまでは良かったが、連日のバタバタとした忙しさと、パートやアルバイト同士の人間関係のゴタゴタもあり、結局3年で仕事は辞めた。
その後しばらくはアルバイトをしながら実家で父達と農業に勤しんでいたが、ずっと一緒にいると、互いにストレスがたまるのか、ケンカが頻発するようになった。
そして、父に店をやめろと言われたそんな日、俺は智明さんと出会った。
「ーー僕が仕事辞めて1年後だから・・、3年・・、4年目に入りましたね」
「4年目かぁ・・。すごいなぁ・・」
ひとつひとつの反応、仕草が気になって仕方がなかった。だが、それを凝視できないほどに俺の胸はうたれていた。
「でも、なかなか順風満帆ってわけじゃないんですけどね」
「僕が働いてたらここにちょこちょこ足運びたいけど・・」
「まぁまぁ、お前も働いてるようなもんじゃないか。タイミングが合えば俺と一緒に来ればいいじゃないか?」
「そうだね、樋口に奢ってもらおっと」
「バカ野郎、奢るとは言ってねぇぞっ」
「ハハハ、冗談だよっ。
でも駒沢さん、あの・・あれですよ、あの・・、僕はまたここに来たいです」
俺はこのやり取りがその後も頭から離れなかった。そして、その時見た智明さんの優しくやわらかい笑顔と声も。
「智明さんに言われると何だか嬉しいですねっ」
「あっ、それわかりますっ。
智明の言葉って魔法って言うか、何だか「よっしゃ、頑張ろっ」って思わせてくれるんですよね」
酔っ払っているのか、樋口さんは思い出に浸るように話し始めた。
「ーーいや、今の俺があるのもこいつが俺の背中を押してくれたからなんです。ぶっちゃけA大学に行ってなかったら今の仕事にも就いてないし、今の嫁さんとは絶対出会えてないし・・。
でもですよっ、こいつはそれを覚えてないんですよっ。
あー、憎らしいっ」
若干自慢のような話にも聞こえたが、智明さんの意外な話を聞けて嬉しかった。同時に俺も、智明さんにそんな風に言ってもらえるような存在になりたいと思った。
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