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台風という名の居室荒らし
自衛隊に興味がある人、自衛隊が好きな人は、一度は聞いたことがあるだろう。
『台風』、というものの存在を。
私も入隊前に、不安過ぎて自衛隊を調べまくっていたから知っていた。当然覚悟もしていた。がしかし、実際目の前で巻き起こるとなると、言葉を失って絶望を通り越して笑ってしまった。
その日の午前の訓練は、基礎体力をつける為の体育訓練だった。真夏も近い今日この頃、私たちは「疲れた~」と言いながら自分たちの居室へと戻って行った。
そして、ドアを開けた瞬間、視界に入って来た景色に、私たちは水分補給用のペットボトルを一斉に落とした。
あらぬ方向へとすっ飛んだ数々の毛布とシーツと枕、何故かロッカーに立てかけられたベッドマット、部屋の中央に倒されたベッドマット、ベッド本体の上に何故か立ってるベッドマット、もはやどれが誰のかわからないほど方々に散乱している編上靴(黒い編み上げブーツのこと)、ガタガタに位置がずれまくっているベッド本体、などなど。
そう、これが『台風』である。
自衛隊には『身辺整理』というものがあり、毛布の畳み方やシーツの畳み方、靴を置く位置や靴の磨き加減、ライナー(ヘルメットみたいなやつ)や弾帯(ベルトみたいなやつ)を置く場所等々、非常に細かい様々な決まりがある。
もしそれらのうち一つでもおろそかになっていようものなら、午前中、私たちが訓練をしている最中に居室を見に来た班長たちが、まるで中を台風が過ぎ去ったかの如く居室を荒らしていくのだ。
きつい訓練で疲れ切っているにも関わらず、休む時間もなくこの荒らされた居室を元に戻さねばならない。その最中、私の班の麗しき女性班長がにやにやしながらやってきて、
「ははは(笑) びっくりしたやろ? 気合いれて荒らしたんよ」
とか言って来た。とりあえず、『台風』はこういうものだよ、というものを知らしめるためにいつもより手ひどく荒らしたらしい。
「まあ、君ら今のとこ身辺整理最悪やから。ずっとこの調子ならずっとこれくらい荒らすかんな」
班長は何とも爽やかな笑顔でそう言ってきたため、絶対あの人楽しんで荒らしてると思いつつ、これからは皆で互いに指摘し合うように決めた。
私の自衛隊生活の中で最も酷かった、『台風1号』のお話でした。
さて、身辺整理についてもう少し詳しく。
入隊してまず教えられたのは、毛布・シーツの畳み方、位置、そして靴磨き、プレスだ。
調べればわかると思うが、自衛隊の毛布の色は明るい茶色(?)だ。しかもちょっと硬い。それを、横から見て折り目がピシッと揃うように畳むと、いくつも層が重なったバームクーヘンのように見える。
だから、自衛隊では毛布を綺麗に畳む事をバームクーヘンと呼ぶ。
このバームクーヘン、不器用な人は慣れるまでかなり時間がかかる。自分なりのコツを見つけるまで、ほんとに全然上手くいかない。
ほんとに全然上手くいかない(2回目)。
これは、靴磨きもしかり。
上手い子はどんどん上達していくが、下手な子は永遠に輝かない。これも、自分なりのコツ、やり方を会得するまで時間がかかる。
私は靴磨きもバームクーヘンも苦手だったのだが、教育隊の後の術校で相当鍛えられた為、今では職人並みだ。靴磨きはどんな革靴でも余裕で鏡面磨きが出来るようになったし、ベッドに関してもホテル並みだと自信がある。
ちなみに悲しいことに、一般社会では特に役に立つことはない。
そして、プレス。
これも、作業服、常装でやり方がちゃんとあり、苦手な人は手こずる。無論、不器用な私もかなり手こずった。しかし、これも術校で鍛えられ、2週間でキーピング一本空にするほど制服を紙袋並みにバリバリにしていた。
ちなみに虚しいことに、これも一般社会では特に(ry
まあ強いて言えば仕事に使うスーツを毎日バリバリに出来るくらいか。
それから、自衛隊には定期的に『点検』という行事がある。
入隊して1か月くらい(?)で行われる『導入期点検』と、卒業間近の『完成期点検』。この点検では、普段の比にならないくらい、かなり厳しく身辺整理が見られる。
この時、普段は鍵を閉めているロッカーの中も見られるのだが、私物は全て私物庫に入れ、まるで死にに行く人のロッカーかの如く中身をすっからかんにしなければならない。中に入れる物も位置も畳み方も全てが細かく決まっている。
加えて、この点検では、隊員の知識も問われる。班員たちは自分たちの居室の前に一列に整列し、点検官がじっくり居室の中を見た後、整列する班員たちをランダムで指名し、色々と質問する。例えばこんな感じ。
上「○○曹候補生」
私「はい! ○○曹候補生!」指名された私だけ上官に正対(体を向けること)。
上「服務の本旨とは?」
私「はい! 服務の本旨とは、隊員は我が国の平和と独立を守る自衛隊の使命を自覚し、一致団結、厳正な規律を保持し、常に(以下略 ——です!!」
上「よし」
点検までに、一言一句違わず丸暗記しなければならない文章が山ほどあり、点検の際にその中からランダムで質問され、大声で叫びながら答えなくてはならない。
しかも、その時に一度も指名されない人もいれば、運が悪いと別々の点検官に何回も指名されてしまう人もいる。
ちなみに私は後者だった。違う点検官が来るたびに何故か指名され、
(おい、嘘だろ、またかよ、頼む来るな来るな来るなあああァァァァァ)「はい! ○○曹候補生!!」
と半ば自棄になりながら叫んでいた。次の日声ガラガラだった。
点検については、また後日詳しく書こうと思う。
そして、これは術校に行って、とある上官から聞いた教育隊時代の話。その人は元陸自で、途中から航空自衛隊に入ったらしく、話してくれたのは陸自の教育隊時代のことだった。
午前中、舎前にて教官の話を聞きながらメモを取っている最中、それは起こった。
教官の背後にある隊舎の窓のうちの一つが、突然がらがらと開き、何だろうと思って皆がチラチラとそちらを見ていると、なんとそこから――
ベッドマットが落とされたらしい。
説明をしている教官はそれに気づいているのかいないのか、何も反応せず説明続行。
そうする間にも次々と窓から落とされていく枕やシーツや靴たち。
メモを取りつつも「!?!??!?!??!?!」と気が気じゃない隊員(特に、ベッドマットや私物を落とされまくっている部屋の隊員たち)。
恐らく今はここまでやる人は中々いないだろうし、私の時もさすがに窓から落とすような教官はいなかった。
いや……もしかしたら陸上自衛隊では今もこれくらいやっているのかも?
入ったのが空自で良かったと、その時はつくづく思った私だった。
台風という名の居室荒らし、完。
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