トイレットペーパー枯渇問題

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トイレットペーパー枯渇問題

 これは、教育隊で入隊式を終え、しばらく経って少しだけ自衛隊の生活に慣れて来た頃の話。  「トイレットペーパーがない……」  点呼を追え、爆速で朝食を食べ、我慢していたトイレへ長蛇の列を経て駆け込んだ個室にて、私は絶望に呟いた。  ペーパーが……トイレットペーパーがない。汚物を拭く柔らかい紙のロールがない。  二つあるトイレットペーパーホルダーを確認する。  ない。  いつも最低一つは予備が置いてある背後の小さな棚を振り返る。  ——ない。マジかよ。  ……いや、こうなる予感はしていた。今期は何故か、入隊した女子隊員が異常に多いと聞いている。加えて、朝の長蛇の列。  朝は、前段、中段、後段という中隊ごとの時間分けがある。  今週、私たち女性隊員が集約されている23中隊は、前段の週だった。  前段は簡単に説明すれば、6時起床後30秒で着替えて30秒で舎前に全力疾走して点呼を終えたら、トイレに行く間もなく食堂に行って朝食を食べる、という感じだ。  いわば、前、中、後段とは、食堂がパンクしないために中隊ごとに朝食に行く時間をずらすこと。ちなみに、私たち以外の中隊とは、自衛官候補生の男性中隊、女性中隊、そして、私たちと同じ区分である一般空曹候補生の男性中隊だ。  そして、何度も言うが、今週私たちの中隊は前段。  朝起きたらトイレに行きたい人は多いと思う。かくいう私もそうだった。しかし、起床後ただちに点呼に向かわなければならないため、トイレに行く時間はない。しかも朝食を食べ終わって隊舎に帰るまで我慢しなければならないのだから、ただでさえ一般人でも列を作りやすい女子トイレに長蛇の列が出来るのは仕方がない。    仕方ないけれども――!!  前に入ってた子は「そこもう紙ないよ」くらい言えないのか!? 後に入った私が途方に暮れると思わなかったのか!? 私に恨みでもあるのか! 話したことない知らん隊員だけど!!  と、朝から苛立ちつつ、自分の作業服からポケットティッシュを取り出してそれで拭き、トイレに流して事なきを得た(ホントは流しちゃ駄目だけど)。危なかった……。ポケットティッシュなかったら外にヘルプ求めてるところだった。まだ馴染んでないのに。  無事トイレを終え、もう二度とポケットティッシュは手放すまいと決意しつつ、次に入ろうとした子に「そこ、もうペーパーないよ」と教えてあげた。  最初は、単に朝から大勢の女子隊員がトイレに向かっているせいで、一時的にペーパーが枯渇しただけだと思っていた。  がしかし、とある日の夕方の点呼後、我が中隊の中で最も恐れられる男性鬼教官からこんな話が出た。    「お前ら、トイレットペーパー使い過ぎだ。一か月分のペーパーもう三分の一しか残ってねえぞ。まだ月の始めだぞ! もっと節約しろ!」  一か月分のペーパーが月初めにもう三分の一しかない――!?  みんなその時は思わず笑ってしまっていたが、後に問題は深刻になる。  隊員が多すぎとか、そう言う問題じゃない。明らかに一人一人が一度に使うペーパー量が多いのだ。私は律儀に二回引っ張ったくらいのペーパーしか使わないようにしていた。私と同じ班のみんなもそうだった。    だが、ある時、同じ班の班員が、苛々半分笑い半分でこう話して来た。  「さっきトイレ入ってたらさ、隣の個室がめっちゃペーパー、ガラガラ使ってんの! ガラガラガラガラガラガラ、って! 思わず隣の個室ドンドン叩いちゃったよ。どんだけ汚れたんだよ。床でも汚したんか!」  その体験は、私もした。隣かどっかの個室から、明らかに使いすぎな音がしたのだ。もし生理中とかだったら多少仕方ない部分もあるかもしれないけれど、そんな大勢が一斉に生理になるはずがない。  そもそも、みんな他人事で考え過ぎなのだ。他のみんなが節約してるだろうから、私はいいや、みたいな。  そして、塵も積もれば山となる、とはよく言ったもので。  再び、ある時の夕方点呼後の、鬼教官の言葉。  「オイ!! ペーパー節約しろっつったよな!? これ言うの何回目だよ! もう今月はトイレットペーパーねえから、お前ら自腹で買って何とかしろ!!」  ――そう、確かに何回も言われた記憶がある。「ペーパー使い過ぎ」って。トイレのことだし、誰が使い過ぎてるかどうかも分からないから、困ったものだ。  ちゃんと節約してる人からすればとんだとばっちりである。  仕方なく、班員で相談してお金を割り勘し、基地内のBX(コンビニのこと)でトイレットペーパーを自費で買うことに。ちなみにギリギリラス1だった。みんな一斉に買っちゃったから一気に売り切れてしまったのだろう。店員のおばちゃんが事情を聞いて爆笑していた。そして、買い損ねてしまった同じ小隊の別の班にも少しペーパーを分けてあげた。  まあ、備品は税金で買ってるわけだから、それを使いきってしまったら自費になるのは仕方ない。これからは他の子たちもちゃんと節約して使ってくれるだろう。  ——と、思っていたのに、結局トイレットペーパー枯渇問題とは教育隊卒業まで付き合わされることになったのだった。   トイレットペーパー枯渇問題、完。
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