恐怖のラッパ

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恐怖のラッパ

 パーパパーパパーパパーパパーパパーパパーパパー  パーパパーパパーパパーパパーパパーパパーパパー  ——はい。なんのこっちゃだよね。これはラッパの音。文字で書くとこんなことになってしまうけどこれはラッパの音だ。某動画サイトで『自衛隊 起床ラッパ』とかで調べれば実際に音が聞けるので、気になる人は是非。  自衛隊は一日中、平常時でもほんとしょっちゅうラッパが鳴っている。  起床、日朝点呼、朝食、国旗掲揚(国歌も流れる)と課業開始、午前課業終了、昼食、午後課業開始、会報、国旗降下と課業終了、夕食、日夕点呼、消灯——と、ざっとこれだけある。  着隊直後の、まだ教官も優しくて点呼もゆるゆるだった本当に最初の頃は、6時に起床ラッパが鳴ってやっとのろのろと起きていた。  しかし、入隊式を過ぎてしばらく経った後。自衛隊の起床ラッパに条件反射で飛び起きるようになった今日この頃。  教育隊最初の頃→パーパパーパ(ガバッ!!       中頃→パー(ガバッ!!       終盤→ラッパが鳴る前にちょっと聞こえる「ゴーッ」というノイズ(?)で起床。  教育隊が終わる頃には、ラッパが鳴る直前にちょっと入るノイズの音がしただけで覚醒し、一瞬でベッドから飛び起きるようになる。もう一種の洗脳である。  起床した直後の一連の動作は以下の通り。  ラッパが鳴る数秒前のノイズでベッドから一瞬で飛び出す  ↓  ラッパが鳴り始める  ↓  大急ぎでロッカーのカギを開ける  ↓  爆速で早着替え  ↓  ロッカーを閉める(ここでちゃんと鍵かけてないと後で班長に殺される)  ↓  居室から出て階段を下りる  ↓  舎前(校庭のようなもの)に全力疾走  ↓  班ごとに整列  ここまでにかかるのにおよそ一分から二分くらい。ちなみに皆大急ぎなので慣れるまでは会話もなし。とにかく起きたら真っ先に着替えて点呼へ行かねばならない。ちなみに走って行かないと怒鳴られる。    この一連の動作を教育期間中毎日、例え休日であろうと同じことをするため、自衛隊を辞めた後も条件反射でアラームなしで6時に起きるようになる。  重症な人は、辞めた後でも起床ラッパアラームを鳴らすとバッと起きて着替え始めようとする。そして数秒後、我に返って虚無になる(私の実体験)。    一日のラッパ音は更に続く。  お昼を知らせるラッパ。これは午前中のきつい訓練を終えてやっと食事にありつけるという合図であるため、唯一癒されるラッパ。  夕方5時きっかりに鳴る、国旗降下と課業終了のラッパ。  このラッパの直前に、その場で最も階級が高い隊員(班長や区隊長など)が部隊に気を付けをかけ、基地内にある国旗の方向へ部隊を正対させる。そして、長いラッパのメロディーが流れ始める為、その間ずっと国旗に向かって敬礼をする(敬礼は状況に寄ってまちまち)。  この5時きっかりのラッパは、たとえどこで何をしていようと、極端に言えば居室内で着替え中で下着姿であったとしても(実体験)、ラッパが鳴り始めたら一切動かず、国旗に正対し続けなければならない。  そう、たとえ目の前にいる班員が下着姿で直立不動で、窓の外にある国旗に正対していたとしても、何としても笑いを堪えなければならない(無理だった)。    そして、就寝時間の10時に鳴るラッパ。  起床時のやかましいラッパと違い、こちらは寝る前なのでのんびりしたメロディー。ようやく安心して寝られるが、眠くなくても強制的にベッドに入らなければならない。  当然、スマホなんていじってはいけないし、いじっていて見つかろうものなら寝てる人も含め全員叩き起こされた挙句説教、そして同期たちから物凄く冷たい視線を浴びせられ陰口を叩かれるという最悪の事態に陥る。  私の時は、別の区隊で数名、スマホをいじっていた阿呆が見つかった。  それまで、夜は普通に居室のドアは閉めていてよかったのに、その事件後、就寝後は居室のドア全開が強制されるようになった。    見回りの班長達は、お化けかと思うくらい本当に足音もせず見回ってくるため、スマホなんていじれたものではない。  その上、不幸にもトイレの目の前の居室にいる隊員たちは、誰かが夜中トイレに起きて来ると、スリッパの足音はするわ、トイレの明りが居室内に入ってくるわ、トイレ流す音が丸聞こえだわで、かなり睡眠を妨害される。本当に可哀想だった。  しまいには、その居室の子たちが同じフロアにいる別の班に、「頼むからトイレ入るまでスリッパ脱いで足音立てないでくれ」と頼み込みにきていた。  最後に、これは教育期間中の隊員、班長ら上官たち、すでに部隊で働いている自衛官も含め、ほとんどの自衛官が嫌な顔をするラッパ音。  それは、非常呼集のラッパである。  非常呼集とは、自衛隊だけでなく、名前は違えど世界各国全ての軍隊が一般的に備えている機能である。  簡単に言ってしまえば、緊急事態が起こった時に、基地や駐屯地内にいる全ての部隊に召集をかけるラッパだ。日本なら、災害派遣が一番多い。たぶん。  この非常呼集、本当の緊急事態だといつ鳴るのか分からない為、通常のラッパが鳴る時間ではない時間帯に、放送のノイズ音が聞こえようものなら、皆一斉に硬直する。  教育隊終盤、卒業間近の頃、隊員たちに初めて非常呼集のラッパ音が、お試しで聞かされた。それだけで班長達も嫌な顔をするほど、自衛官にとっては恐ろしい音なのだ。  「この音が鳴ったら、その時に何してようがすぐに身辺整理して武装して外に出て来い」  と鬼教官に説明され、その後私たちはいつ鳴らされるのか戦々恐々とビビりながら日々を過ごしていた。  一回目の非常呼集訓練では、皆で次の赴任先へ行くための荷物を詰めている最中、本当に唐突に非常呼集ラッパが鳴り響き、軽くパニック状態。  私は丁度、ロッカーの中の荷物を結構な量を外に出していたため、  「何で今なんだよおおぉおおおおおぉぉぉぉおお!!!!!!」  と心の中で叫びながら、ベッドに出した荷物をとにかくロッカーにぶっこんで無理矢理鍵を閉めて、武装して猛ダッシュ。  方々から同じような状況だったであろう子たちの十人十色な悲鳴が聞こえた。    突然過ぎる初めての非常呼集で、皆武装に時間がかかり、案の定外に整列して点呼が終わるまでにかなり時間がかかってしまった。当然、教官たちは「お前らふざけんな」状態。    記憶がもうおぼろげだが、確か二回目の非常呼集は早朝5時に非常呼集ラッパで起こされ、朝っぱらから武装して舎前集合。殺意しか感じない。  この早朝5時の非常呼集訓練は、不意打ちではなくなるものの、教育隊が終わった後でも定期的に行われる。きつい。  三回目の非常呼集訓練は、確か卒業式の日の夜に行われた。  「何で今なの!? 明日もう部隊赴任なんだけど!?」  と、最後の荷物整理をしていた隊員たちは皆半ギレ状態で外へ出ると、隊舎の白い壁にモニターが映され、今までカメラ担当の方が卒業アルバム用に撮り貯めていた数々の写真の上映会が行われた。  最後にはみんな号泣。この非常呼集だけは、とてもいい思い出だ。     自衛官を続ける限り、ラッパから解放されることはない。結婚したり階級が上がって希望したりして営外へ出れば、少なくとも起床ラッパや就寝ラッパからは多少解放されるだろうけれども。  しかし、自衛隊が嫌になって辞めた元自衛官にとって、ラッパ音は軽くトラウマだ。  辞めてしばらく経った後でも、ラッパが鳴ったらほんとに条件反射で体が動くから。  某動画サイトで、元自衛官や現自衛官に起床ラッパドッキリをしかける動画を見かけるが、あれは当人にとっては本当に気分が悪くなるほど嫌なので、お友達に自衛官や元自衛官の人がいて、そのドッキリを仕掛けようとしている人は是非ともやめてあげてほしい。  少なくとも私はほんとに嫌なんです、勘弁して(実体験)。  ——しかしまあ、私は絶対に寝坊したくない日にはわざと携帯に起床ラッパアラームをかけて確実に起きている(その日の気分は最悪になるけれど)。 恐怖のラッパ、完。
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