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第1話 没落
貴族なるものは、没落するものと相場が決まっている。長く続いたドイツ貴族の名門、ハイネ家も、その憂き目をみた。没落後の一族に遺されたのは、一振りの魔剣と少女。
そう、齢十二にして、ハイネ家の最後の一人、失われた当主となった幸薄き少女。その名を、シャルロッテ・ハイネと……
「だれが幸薄き少女ですって!」
「わ、びっくりした。急に話しかけるな」
「あんたが、ぶつぶつと、おかしなことを呟いてるからでしょ」
「うるさいな。おまえと旅する苦労を印税にして取り戻すんだ。黙って座ってろ」
はいはい、と言って、どっかりとソファに腰を下ろす。その仕草は、とても貴族の令嬢とは思えない。
だが、輝く銀髪に狼のような瞳と、しなやかな手足。整った姿形だけを見れば、確かに気品を感じずにはいられない。ホテルのロビーを通り過ぎる人々が惚けたような視線を寄越すのもわかる。中身を知らないからこそ、ではあるが。
「あ、この辺りは検閲に引っかかります」
「わ、びっくりした。今度は、ゲイルか。だから、急に話しかけるなっての」
「御嬢様のことを書くというなら、私の検閲を通してもらわないと困りますな」
「なんだ、検閲って。そんな必要ないわい」
「ダメです。そもそもハイネ家は没落してませんし。ここは不適切、この辺りは御嬢様の魅力を伝えきれてませんな」
「こら、墨塗りするな。真っ黒じゃないか。戦後のGHQじゃあるまいし。しっしっ、向こうへ行ってろ」
犬扱いですか。ぼやきながら、シャルロッテ、愛称ロッテに朝のコーヒーを差し出す。ハイネ家の執事として仕えているのだ。もう良い歳のはずだが、ロッテを崇拝というか、溺愛している。この執事にして、あの主人ありといったところか。
そうそう、まだ僕のことを書いていなかったね。僕は、ロッテの冒険に巻き込まれた哀れな被害少年。
自分の力だけで真っ当に商売をして暮らしている。天才的な頭脳と愛くるしい笑顔が素敵な、すらりとした少年だ。僕の名前は、ロード・パンケーキ、パンと呼んでくれ。
「わぁ、偽名くさい」とロッテ。
「やかましい!」
「中身も、嘘ばっかりだぁ」
「どこが嘘だ。この通りだろうが」
「被害少年? 真っ当な商売? 天才的な頭脳と愛くるしい笑顔が素敵な、すらりとした少年?」
「こら、全部、嘘になってるじゃないか」
「だって、嘘ばっかりじゃないの。
勝手に首を突っ込んできて抜けなくなっただけだし。詐欺師まがいの骨董商で、天才だけど頭が悪くて、無愛想な、ちびの少年でしょ」
「ふむ。的確な紹介、いたみいる」
没落貴族の娘っ子、シャルロッテ・ハイネと、その執事を称するゲイル。その二人とともに、旅から旅の旅ガラス。善意で助けたばっかりに、僕まで変なやつらに追われることになったんだ。
「善意だっけ? 儲け話と思ったんでしょ?」
「うるさい。勝手に人の心を読むな」
まあいい。泥のようなコーヒーをガブ飲みするドイツ人など放っておけ。善意の第三者として、二人の旅に巻き込まれたわけだが、あれは、そう、去年の冬のこと。
「えー? パンの話なんかいらないでしょ?」
「やかましい! いるんだよ!」
[……第2話へ、続く?]
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