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第6話 魔剣
ロッテが懐から取り出した短剣は、黒光りする細く尖った刀身を持ち、十字架のような形をしていた。
中世のミセリコルデに似ている。
重装備の兵士に対して、鎧の隙間から刃を差し入れてとどめを刺す。あるいは傷を負って助からぬ仲間を楽にしてやるために使われ、慈悲の剣の別名をもつ。
だが、結局は、慈悲の名の下に容赦なく息の根を止めるためのものだ。すべからく剣は人殺しの道具に過ぎない。
「その剣はミセリコルデか?」
「よく知ってるのね。あんた、誰だっけ?」
短剣をもてあそびながらロッテが応じる。
「しがない骨董屋だ。もう少しで、そいつをぶっ刺されるところだったが」
「そうだっけ? ああ、居たわね、そう言えば。ごめんなさい。この子を振り回していると、ちょっと熱くなっちゃうの。
わがハイネ家の宝にして、不吉な魔剣。これまで何人の命を奪ったか。戦場だけじゃない。街中での暗殺にも使われたんですって。でも、この子が悪いわけじゃない。使い手が悪かったというだけのことよ」
「まったくだな」
と、ピサールが口を挟んだ。
「その魔剣の力を扱えるのは、おまえだけだ。俺たちの仲間になれよ。歓迎するぜ〜」
「いやよ。人形にはなりたくない」
「そう言うなって。どこへ逃げようと、おまえたちの行き先は簡単にわかる。どうしてだろうね〜」
「どうしてなのだ?」
僕の問いかけに、ピサールはじろりと視線を寄越すだけで、無視してロッテとの話を続ける。
「逃げるから追いかけるし、あんたが戦うから俺らも戦う。影であり、鏡なんだよね〜。手荒なことはしたくねぇが、どこまででも追いかけてやるぜ〜」
「ストーカーなのか?」
もしかしてロリコンなのか、と僕が言いかけたところでピサールが飛竜に呼びかけた。どうやら話の邪魔と判断されたらしい。失礼な話だが、襟首をぱくりと飛竜に咥えられ、ぽいと捨てられた。
ぽてぽてと転がる僕の目に、石畳の隙間から、ゆらゆらと立ち上る影の姿が見えた。次々と湧き出た影たちが、魔剣を構えるロッテの包囲に加わる。
「よーし、影ども、剣を取り上げろ。そいつがなければ、ただのはしっこい小娘にすぎん」
ピサールの言葉に、そうかしら? と不敵に微笑むロッテだ。その目に魅入られたわけではないが、僕はピサールの袖を引いて尋ねた。
「あの剣は、いったい何なんだ?」
「おまえには関係ない。怪我をしたくなければ、あっちへ行ってろ」
しっしとばかりに、足で追い払われた。ふん、そっちがその気なら、こっちにも考えがある。さあ行け! と、ピサールが包囲を縮めようとした時、いくつもの影が消え失せた。
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