イースト【奪還】

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 『募集締切:この案件の参加者募集は締め切りました』  燈が参加にむけてエンターキーを押した瞬間、目の前の画面表示は切り替わった。そして送られてきたメッセージ。 『"Toe"様 本件『港湾システム奪還の依頼』に関し、正式にご依頼申し上げます。』 (え、ここからコンペでしょ?せめて1人くらい他の参加がいないと随契になっちゃうじゃん……)  まさか通常行われるはずのコンペの手続きは無く、正式な受注になってしまった。あまりの性急な展開に、キーボードに掲げた手指がじっとりと汗をかく。  恐る恐る自分の貯金口座の残高を調べると、きっちり500万円が振り込まれている。あまりに早過ぎる。これは、断るスキを与えないつもりだ。政府のクセしてやることがヤクザみたいだ。ヤクザに会ったことないけど。  ひょっとして、とても、まずいことを、したのでは。  しかし不吉な予感を封じ込めるかのように、矢継ぎ早に次のようなメールがやってきた。 『"Toe"様 本日20:00時、2泊程度の旅行道具を持ち、竹芝桟橋に集合をお願いします。端末はこちらで用意します。1ヶ月程度の不在に向け、保護者宛に内閣府より書類を用意しました。当書類を保護者にお見せ下さい。 担当者:白糸』  本日!?今は…16時。20時まであと4時間しかない。すぐ出ろということだ。  燈はそのpdfを開き、これまでの説明以上のことが書かれていないのを確認した。  もう、後戻りは出来ないらしい。まぁ良い。  燈は速まる鼓動を抑えるように言い聞かせた。既に500万円は手に入ったし、失敗してもこの先1ヶ月の記憶が消えるだけ。それがどんな手段にせよ。  ため息をつきながら父親のメールアドレス宛にそれを転送する。さて母親には何て言おうか、と考えながら自分の部屋のドアノブに手をかけた時、いつものように両親が言い合いをする声が聞こえた。 『だからあの子にコーディングなんか教えるべきじゃなかったのよ!他にも色々、楽しいことはあったはずなのに!』 『関係ないだろ、俺らが焚き付けなくてもいずれこうなってた。向いてるんだ。理解しろ。』 『あの子はまだ子供なのよ。稼ぐとか、稼がないとか関係ないの。まだまだ身体を動かして、外で遊ぶべきよ。』 『カリカリすんなよ。適性があれば伸ばすべきだ。このご時世にホワイトハッカーとして生きていけるんだ、勝ち組だろ?あいつは、"見た目は子供、頭脳は大人"だ。』  ドヤりながらその台詞を言う父親の顔が目に浮かぶ。この台詞は確か、両親が子供のときから続いている国民的漫画の主人公の台詞だ。2034年においても完結していないらしい。
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