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プロローグ【燈】
「ご、ごじゅ、50億円………!!!」
真島 燈はパソコンに示された報酬金額に、喉をゴクリと鳴らした。真夜中の部屋にはパソコンのファンが動くブウン……という音だけが響く。室内なのに目深に被られた赤いパーカーのフードからは、黒いくせっ毛とギョロ目が覗く。
14歳、趣味はハッキング。といっても、あくまで合法な依頼をされて動く、ホワイトハッカーだ。最近はあまりに依頼が多いので、趣味と言うより本業になりつつある。多分、親より稼いでる。アカウント名は『Toe』。中学の授業は簡単過ぎて行く気もしないからリアルでは家に籠ってるけど、オンラインではグローバルに活動してるという自負がある。
カピカピに乾いた芋けんぴを咥えながら食い入るように見つめた先には、最新のコンペ案件の内容が無機質に映し出されていた。
【依頼者】内閣府官房特務課
【題名】港湾システム奪還の依頼
【詳細】X港湾にある3つのターミナルオペレーションシステム、イースト/セントラル/ウエスト、の奪還
【応募資格】15歳以下、現地入可であること
【報酬】受注時500万円/成功時50億円
※失敗の場合、記憶消去処理のこと
「これ……僕以外にコンペ参加出来る人、いるの……?」
自分で言うのも何だけど、国内でトップ級のホワイトハッカーの1人と言われている。未成年では敵無しだ。それで15歳以下、なんて条件をつけてくるあたり、狙い撃ちしているとしか思えないくらいだ。しかもターミナルオペレーションシステム(通称TOS)の奪還というミッション。穏やかでない。ちなみにTOSとは、港湾のコンテナクレーンとか自動走行車とか、そういうのを制御するシステムのことだ。"X"港湾は…受注してから教えてもらえるんだろう。これだけじゃ国内か海外かもわからない。
でも、50億円なんて……芋けんぴ何個買えんの?一生寝て暮らせる?てか、僕に比べて大した稼ぎも無い両親に、もう働かないで良いよ、って言ってやれる。そしたら、毎日ドアの外で『引きこもりなんてやめて出て来てよ……』なんてさめざめ泣いてる母親に、こっちのほうが賢い生き方なんだって、やっとわかってもらえるかも。
しかも、民間の怪しい案件とは違って政府案件。ここの案件マッチングサイトは国内で一番大きくてセキュリティも厳しいから、成りすましではあり得ない。正真正銘の、公式案件だ。
『現地入可』、『記憶消去処理』、不穏な言葉が気にならなくもなかったが、燈にとっては興味のほうが勝った。
2034年現在の日本において、50億円というお金が国家予算においてどのくらいの期待値なのか、それは自分のやるべきことにどれくらいの重みがあることを示しているのか。その時の燈には、大き過ぎて想像が出来なかったのだ。
若かった。そう、それが全て。
……僕じゃない誰かになんて、やらせない。
燈はコンペに参加するために、たった3mmほど右の薬指を動かして。
自分の人生を、売った。
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