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プロローグ【コンレイ】
色とりどりの野菜、果物、加工肉、魚。入り組んだ道にひしめく屋台からは、古い油とツンとする香料の匂い。紫、朱、深緑に黄色の刺繍があしらわれた布が屋根と屋根を繋げるようにヒダを作っている。
足元に這い回る鼠には誰も見向きはしないが、それ以上に素早く駆け回る2つの影を、市場の皆が警戒し、追いかけた。
「そっちだ!捕まえろぉ!!今日こそ引き摺りだせ!!」
騒然とする市場。複数の店で同時多発的に生じる怒声。影だけが静かに素早く、人混みの中をすり抜けていく。
「コンレイ、後ろ!」
「クソっ、痛え!!」
肉屋の男が、コンレイと呼ばれた少女の長く伸びるポニーテールを後ろから掴んだ時、となりの魚屋のまな板に思い切り頭をぶつけた。
その後ろからもう1人の少年の影が肉屋の頭を踏みつけ、屋根に飛び上がって行く。
するり、と抜けたポニーテールはまた別の店の屋根に登り、もう1人と合流すると煙のように消えていった。
辻風のように、一瞬にしてあらゆる店の食料を盗んで行った二人。少しずつとは言え、すべてを合わせるとかなりの被害だ。
平時を取り戻した市場の大人達は、被害の数を数えながら、それでいて諦めを隠せないような表情で口々に愚痴を言った。
「あいつらの盗みは、どうにかならんのか。」
「3日に1度は必ず来るんだから、警察もそろそろ捕まえて刑務所に入れろってのに!情けない…。」
「でも、まだ子供だもの、警察も見逃さざるを得ないんじゃないの。政府はしばらくスラムに配給できていないんでしょう。」
「クソっ、あいつらいつも、どこに逃げてんだ?」
「サワン港湾のゲート付近で見たって人がいる。」
「あんな場所、誰も入れないじゃないか!!」
バークとコンレイ、スラムの兄妹。その2人が住むエリア、完全無人の物流港湾と首都に挟まれた市場街。
うごめく荷物とお金が、そこに住む人々の営みの逞しさを現す。
やがてささやくような音がぱちぱち、ザリザリ、と音を変え、雨季特有の夕立があらゆるものを濡らし始めた。
生暖かい豪雨にあたりがけぶると、人々は口をつぐみ、もう2人の行き先に想いを馳せることすらしなかった。
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