私にとっては運命の恋だけど、相手にとっては違うらしい

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 運命の恋を感じた時に、相手もそう思っているとは限らない。  例えば私には小学五年生の時からずっと好きな人がいた。  一目惚れだった。  新学期になって、新しくなったクラスメイトを確認しようと教室を見渡した私の目に、その子が飛び込んできたんだ。その子は右斜め前に座っていて、ぼうっと黒板を見ていた。  その横顔に恋をしたんだ。  中学校はその人を追って、私立の中高一貫校に入った。成績順でクラスがわかれるから、ものすごく勉強して、二年生になる頃には同じクラスになれた。  そしてその子を目でよく追っていた。  一目惚れだというとたいていの子はバカにする。それって見た目を好きになっただけで、中身は見てないんでしょって。  そういう人には必ずこう返していた。 「シェイクスピア曰く、誠の恋をするものは、みな一目で恋をするものだ」  だって私はこの恋を、運命の恋だと思ってたんだ。  笑っちゃうだろうけど、本当にもうその子以上に好きになれる子はいないって断言できるくらいだった。  だから、姉がリボンを結びながら、 「あいつのことまだ好きなの」  と聞いてきたとき、戸惑いながらも私は「うん」とすぐに答えた。  すると姉は気まずそうに眼を逸らした。  姉とはもう十四年の付き合いになる。多少のことなら姉の考えてることなんてすぐに分かる。何かを隠していることは明白だった。 「そっか」  姉はそれっきり口をつむんだけど、その日の私は冴えていた。 「もしかして、あいつに彼女でもできた」  何故だか私はそんな気がした。姉は慌てて家を飛び出した。私はゆっくりと準備してそのあとを追った。  学校に着くと、親友が私を呼び止めた。横にはあまり話したことない女の子が立っていた。 「ねえ、落ち着いて聞いてほしんだけど」  親友がそう切り出すものだから、私はなんだか笑えてきて、答え合わせをする気分で言った。 「あいつと付き合うことになったんでしょう」  親友は知ってたのと驚いた。隣にいた女の子は俯いてか細い声で「ごめん」と謝った。  この子がどうして私の初恋の人を知っているのだろうと首を傾げながら、私は笑った。 「気にしないでよ。好きだったのなんて小学校の話だし、今は全然何も感じてないから」  女の子はもう一度謝ると、席に戻った。  彼女は納得していないようだけど、何も感じていないというのは本当だった。  だって、私は今まで見ているだけだったから。  いつか彼が私を好きになってくれないかな、私に告白してこないかなって思うばかりで、行動を起こしたのは小学五年生の時に一度告白をしたときだけ。その時も返事を聞かずに逃げ出した。  これは運命の恋だから、向こうもきっと私を好きだって思って何もしてこなかった。  あの子はきっと違ったんだろう。  だから私は平気。  二人が教室でお弁当を食べているのを見ても、街でデートしているのを見かけても、お揃いのアクセサリーを着けているのを見ても。  今までと何も変わらない。彼の隣に私じゃない女の子が増えただけ。  それでも、委員会の手伝いで彼と二人になったりするときは気まずかった。  目は合うのにお互いちっとも喋らなくて。たぶん、私がまだ彼に気がある事を敏感に感じ取っていたんじゃないかなって思う。ほかの女の子と明らかに違う対応が嬉しいのか悲しいのか、ただただ複雑だった。  ちらっと盗み見た横顔があのときとちっとも変ってなくて、ああ、この横顔を独占できるのは私じゃないんだって受け止めるのは苦しかった。  彼に選ばれないのを残念に思っても、嫌いになんてなったりしない。  忘れてしまいたい。  高校三年生の冬、高校生活も終わりを迎えようとしているのに懐かしむような空気は一切なく、受験のことでもちきりだった。  推薦をもらっていた私は少し気が抜けていて、親友とくだらないおしゃべりに興じていた。  そしてまたしても私は伝聞で彼のことを知った。 「あの二人、別れたんだって」  呆気に取られた私を見て親友は笑った。 「価値観の違いらしいよ」 「どういうこと?」 「ほら、彼の方は東大を目指してるでしょ。でも彼女は就職が決まってて、そんな時に彼女に私と勉強どっちが大事なのって迫られて疲れちゃったみたい」  私はそのとき初めて女の子に対して悔しさを感じた。  女の子が憎らしかった。  私が手に入れられなかった人を手にしたのに、どうしてもっと大事にしないの。二人が運命の恋だと思ったから諦められたのに、そんなありきたりなカップルのように別れるくらいなら、付き合わなければよかったのに。  私ならもっと上手に愛せたのに。  むらむらと沸き上がる怒りがみじめったらしくて、私は自己嫌悪に陥った。 「ところで、なんであんたはそんなこと知ってるの」 「彼の親友は私の彼氏だからね」  暦の上では春だけど、まだまだ冬の名残を感じられる日に私たちは卒業式を迎えた。  親友と笑いながら写真を撮り、ラインで交換し合っていると、ふと彼女が口を開いた。 「そういえばあいつの親友、というか彼氏に聞いたんだけど」 「うん?」 「あいつ好きだったんだって」 「誰を?」  親友はひょいと私を指さした。 「ずっと好きだったんだって、あんたのこと。でも、あんたはもうとっくに自分の事好きじゃなくなってるだろうし、元カノにも迫られたのもあって、そのまま付き合っちゃったんだってさ」  柔らかな春の風が吹いた。折よく咲いた桜の花が風に乗り、集まった生徒の間を抜けて、私の涙が伝う頬を撫でた。  親友はひどく動揺して「なんでなんで」と繰り返し騒いだ。 「私も、」 「うんうん」 「私も本当に好きだった」  本当に、運命の恋だと思ってた。  親友は困ったように笑って、「そうだよねえ」と頷いた。  
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