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「まさかアスラル王自らお出ましになるとは思いませんでした」  見知った顔の『オオカミ』にそう話しかけられ、アスラル王――コルは悪戯めいた笑みを返した。  彼らは岩窟だらけの地形をうまく生かして造られたディアディラという国の王城の中にいる。廊下も石の形状はそのままなので平らではなく、一緒についてきた護衛の騎士たちが歩きにくそうにしている。 「本当は弟のファルクに行かせようと思っていたのだけど、伴侶のノクスに妊娠の傾向があるとかでね。さすがにそんな大切な時期に引き離しては可哀そうだからさ、ノクスちゃんが」 「ノクスが……そうですか」  驚いた顔をしたものの、すぐに『オオカミ』はそっと微笑んだ。コルを案内する役となった青年――ラケは、弟の伴侶である、ノクスの従兄だ。そしてかつてはノクスの部下でもあった『オオカミ』の騎士。忠実な性格をしているが、ノクスに手酷いことをした『オオカミ』たちの主――ディアディラ王に牙を剥き、今は『オオカミ』の騎士という地位を返上しているという。  元々『オオカミ』の騎士たちの信頼も篤いラケは、あちこち走り回ってディアディラ王が隠していた王族とオメガたちの秘密を暴露した。オメガとは三つあるオオカミたちの序列の最下位となるものだが、『オオカミ』という獣亜人になって引き継がれていく過程で、王族によってその地位を故意に歪められていったのだ。  かつて繁殖を許されたアルファの雌に代わり、発情期を抱えることになったオメガ――それを王の子を宿すための道具として『オオカミ』の王族たちは利用してきた。社会の序列が王族の欲によって生み出されていたことを知った『オオカミ』たちは王を見限り、そして先の戦で国を守る要も多数失った『オオカミ』の重鎮たちはラケの説得もあり、アスラル国の自治領となることを承諾したのだった。 「そういえば、元ディアディラ王はどこに? 王冠を奪われて、ハンカチ噛み締めているところを見たかったのにな」 「元、とはいえ我々『オオカミ』の永遠の”つがい”であった王族を弑することには抵抗のある者も多いので、今は城の一画で大人しくして頂いています」  自分で聞いておきながら、コルは「へえ」と興味なさげに相槌を返した。 「アスラルの王都と比べたら、殺風景で驚かれたでしょう」  ラケが話を変えると、アスラル王・コルは大きくくり抜かれた窓から外へと視線を向ける。確かに自国の都と比べれば建物といってよい物もなく、これを都だと言われたら驚く。だが、目の前にはどこまでも草原が広がっていて、時折子どもの『オオカミ』たちがじゃれながら走っていくのが見えた。幼かった頃、弟のファルクがここにいたらきっと喜んだのだろうな、と想像もしてみる。 「自然がそのまま残されていて美しいと思うよ。……で、あれが問題の神殿かな?」  子どもたちを視線だけで追いつつ、ラケにそう尋ねると青年が緊張するのを感じた。『オオカミ』たち独特の序列では最下位にあたり、身体も弱く保護されるべき存在としてオメガたちが隔離されていたのが神殿だ。岩穴の入り口には神官の服を着た体躯の良い『オオカミ』が見張りに立っていて、関係のない『オオカミ』たちは近づけないようになっている。 「そうです。神殿に入れられていた『オオカミ』たちは、探せる者については家族を探し出し、引き渡すことが決まりましたが身寄りのない者もいますので……アスラル王のお考え通りに合わせてすぐ閉鎖する、ということは難しいと考えています」 「行ってみようか」  明るく言ったコルに、ラケはやはりな、という表情をしたが拒否することはなかった。城を出て岩で固められた神殿の入口へと向かうと、ラケの顔を認めて見張りの『オオカミ』が頭を下げたが、見知らぬよそ者を通していいのか分からないといった顔をしている。 「この方は特別な客人だ。俺がすべての責任を持つ」 「……ラケ様がそこまで言われるのであれば」  疑いの眼差しで見やる『オオカミ』に向かって、コルは満面の笑顔で手を振って見せる。ピン、と相手の尻尾が立ったが気にもしない。  地下にどんどんと広がっていく形状をしている城とは違い、神殿は岩穴から入ってすぐに祈りの間と呼べばいいのか、広い空間へと出た。その広間から奥へと続く入り口は暗く閉ざされている。広間に設けられている大きくくりぬかれた窓からは中庭が見える。これは入り口からは見えなかったので、神殿の全域はまるで監獄のように岩で覆われている形状となっているのだろう。  中庭に黒い塊が見えて、コルは足を止めた。彼らを迎え入れるべく神官だという『オオカミ』が数名現れたが、彼らとの挨拶も適当にして窓へと近づくと、黒い塊が動いている様子が見えた。 「あれは身寄りのないオメガです。お目汚しで申し訳ありません」  コルの視界から遮ろうと、神官が動いたのを退ける。何も張られていない窓辺から身を乗り出して越えてしまうと、黒い塊のところへ近づいていく。  その黒い塊には、黒い毛並みをしたオオカミの耳がついていた。
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