03

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 コルが当初滞在する予定だったのは王城という話だったが、神殿を急遽解体すると宣言したアスラル王に驚いた重鎮たちが集まって議論することになった。王城から離れたラケの家に滞在することをコルが希望したこともあり、オリハも連れてラケの一族が住んでいる家へと入った。そこもまた、自然にできた岩穴を上手に利用して地下にまで広がる空間が出来上がっている。入り口からすぐ傍には客人を迎えるためのスペースがあった。 「あら、この子が神殿にいたオメガの子? 髪の毛も尻尾もボサボサで可哀そうねえ。ちゃんと手入れをしてもらえていなかったのね。服もあちこち破れているわ。ノクスちゃんの服が残っているから、それを着てちょうだいね、あなたの服は直しておくから」  ラケの母親だという、優し気な顔をした女性が奥から出てくると早速オリハを見つけて声をかけてきた。コルによって床へと降ろされていたオリハだったが、見知らぬ『オオカミ』に声をかけられ慌ててコルの後ろへと隠れる。  ラケの母親の後ろに同じように隠れていた小さな『オオカミ』たちは興味津々といった顔でオリハを見ていた。彼らと長い時間一緒に暮らしていた、ノクスという『オオカミ』は結果的にはオメガの身体をしていて、そんなノクスと一緒に暮らしてきたラケの家族はオメガへの抵抗が他の『オオカミ』たちと比べて大分少ないようだ。 「コル殿も、一緒にいる黒いの――オリハという名前になったか――も、そんな入り口に立っていないで中にお入りなさい。ラケ、コル殿を湯殿に案内しなさい」  ラケの父からそう言われて、ぴったりとコルにくっついたままのオリハをラケの弟妹たちが引き離そうとした。驚いたオリハが逃げ出し、コルは再びオリハを抱き上げた。荷物を抱えるようになってしまったが、何となく楽しい気持ちになってきてラケにこのまま湯殿まで連れていくように告げると、ラケの家族たちが一様に驚く気配がした。コルの護衛として連れてきているアスラルの騎士たちは王の性格も分かっているせいか、何も言わず入り口など危険なことがないように見張っているだけだ。  ディアディラは高い山々の合間を縫って街がつくられているため、街のあちこちに温泉が湧いている。ラケの家の奥にも、彼らが使っている温泉が湧いていた。 「オリハはうちの弟たちと一緒に入浴させます。コル殿はごゆっくりどうぞ」  ラケが硬い声音でそう告げたが、コルはあっさりとそれを断った。断られ、怪訝そうな顔になったラケにコルは笑って見せる。 「ノクスちゃんがファルクと結婚しちゃって、なんか寂しくてさあ。それにこの子、オレから離れないし」 「コル殿。子ども扱いをしていますが、オリハは間もなく十九歳になるそうです。本来ならとっくに発情期がきていてもおかしくない」  十九? とコルが繰り返すと、床におろした後、一緒に湯殿まで歩いてきたオリハが顔を赤くして俯いた。 「……できそこない、なのです。病のせいだろう、とおいしゃさまに言われましたが――陛下の、お役には、たてなくて……」  もともとほっそりとしているオリハの黒い尾がしょんぼりと垂れ下がる。オリハたち神殿のオメガが置かれてきた環境が垣間見える度に覚える吐き気に、コルは軽く眉根を寄せた。その表情は見せないように、オリハの頭をポンポンと軽く撫でると、オリハがコルを見上げてくる。 「子ども扱いはしていないけどね。でも可愛いと思うよ、オリハは。……それに大丈夫、ノクスが発情した時だってオレは我慢したからね。意外と理性はあるつもりだよ」 「ノクスの発情に反応したのか? 人間の貴方が?」  怪訝そうな顔のラケに問われて、コルは頷き返した。 「そりゃ、オレにも『オオカミ』の血が少しは入っているからね。くらりとはくるみたいだ。でも、こんな抱いたら壊れそうな子を相手にするほど飢えてはないつもりだけど」  そうですか、とラケが納得していない顔でとりあえず相槌を打ち、オリハを一瞥してから湯殿から出ていった。ポツンと立ち尽くしているオリハをしり目に自分の衣服を脱いでしまうと、オリハへと近づく。 「オリハも脱ぎなさい。身体を洗ってあげるから」 「あの……コルさまも、いっしょですか?」  一緒じゃダメかな、と尋ねるとオリハはぶんぶんと首を左右に振った。長い前髪が顔を覆っているその隙間からオリハの顔が真っ赤になっているのが見える。 「ぼくのからだ、神官さまたちが恥ずかしいっていつも、言うので……」  「いつも? とりあえず、ほら。恥ずかしがっているところも可愛いけど、さっぱりして少しその髪も切ってもらおう。折角整った顔をしているのにもったいない」   少しずつ後退ろうとしていたオリハを掴まえ、着ていた黒い服を脱がせてしまう。そこから現れたのは、やせ細った肢体だった。服で隠れていた、想像以上に酷い打擲の痕にコルはいつになく自身が怒りを覚えていることに気づいた。少年の肌に何度も重ねて付けられてきた、折檻の痕。コルの怒りの気配に気づいたオリハがおどおどと見上げてきたのを、気づいたら抱きしめていた。 「……コル、さま?」 「ごめんね、オレがもっと早くオリハを――君たちオメガのことを知っていたらな。とりあえずほら、身体を洗おう」  抱きしめられても大人しくしていたオリハから体を離して、椅子に座らせようとしたところでオリハがもたついた。それを助け起こすと、オリハがすかさずお礼を告げる。 「も、もうしわけありません。ぼく、目があまり、見えなくて。ぼんやりとは分かるのですが」 「そうだったのか。そうなら早く言ってくれたら良いのに」  そういえばオリハが何度か躓くシーンがあったな、と思い返してコルが苦笑すると、オリハは洗い場の椅子に腰かけながら小首を傾げた。 「ごめいわくで、やくたたず、だと思うのです。……コルさまは怒らないのですか?」  怒る訳がないだろう、とあっさり言い返すとオリハはようやくほっとしたような表情になった。オリハが自分でやると言うのを聞かず、たっぷりと泡立てて洗うとオリハが気持ちよさそうな顔をした。先ほどから怯えたりといった表情をすることが多かったオリハが寛ぐ様子に嬉しくなり、尻尾にも手を伸ばすとびくりとオリハが身を震わせた。
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