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 次の日からはラケを道案内人として、ディアディラの中心部を見て回ることとなった。アスラルの自治領となることは決まっても、アスラルのやり方をそのまま押し付けることは難しいと思われるからだ。  アスラルは人が大半を占める国だが、ディアディラは『オオカミ』たちだけの国だ。始まりは一対のつがいのオオカミであったと言われ、それがディアディラの王族と騎士という形になったという。 「ここが第七騎士団の宿舎です。……アスラル王が見ても楽しいものではないと思われますが」 「いやあ、うちの弟が将来の嫁さんに介抱されていたって考えるだけで面白いよ。第七騎士団の面々にはうちの弟がお世話になったそうだからね。直接お礼をしたかったんだ」  そう言って楽し気に笑うアスラル王は『オオカミ』特有の騎士服を着ている。その方が馴染むのが早いだろうと思いラケに頼んだのだが、こうやって『オオカミ』の騎士たちの本拠地に入り込んでも警戒されるのを極力避けたいという意図もあった。隣国クルガとの先の戦いで騎士たちは大きく数を減らしており、警戒心が強くなっている。 「お礼なら、金品やらアスラル名産の織物やら、とにかくたくさん頂きましたが……」 「まあ、君たちの大事な副団長殿を奪っちゃったわけだしさ。それに、君たちにはこれからディアディラを変えていってもらわなきゃいけない。先行投資も兼ねているんだよ」   なるほど、とラケが素直に頷き返す。ラケは何を考えているのか分かりにくい『オオカミ』ではあるが、国を発展させていくというところでは表情には出さないものの強い熱意も感じる。  ノクスの親戚であるラケたちを通して、少しずつアスラルの良いイメージをディアディラの内部から徐々にでも植え付けていけば、反抗される可能性も低くなるだろう。  ノクスが使っていた部屋を見学してから第七騎士団に残っている面々と握手を交わした。その後王城に寄って今後の予定や神殿の解体、ディアディラの王族の取り扱いに関して、集まっていた重鎮たちと議論したコルたちがラケ一族の家に戻ったのは夕方だった。アスラルの城で食べるような豪勢なものが出てくるはずもないが、ラケの母親たちが鼻歌を歌いながら作る持て成しの料理というものも、とても良い匂いがしてありがたみを感じる。  ついオリハの姿を探してしまったコルの耳に、子どもたちが笑いあう声が聞こえてきた。 「うちの子たちとすぐに打ち解けられたようです。オリハは実の年齢よりも少し幼いところがあるからか、もしくはノクスに何となく似ているのもあるのかもしれません」 「そうかな。ノクスとはまったく似ていないと思うが……」  ラケの父親がコルの視線に気づき、言い添えてきたことにコルが反論すると相手が苦笑する気配がする。  そうこうしている間に家の中に走りこんできたラケの弟妹たちに手を引かれて、黒い髪の『オオカミ』が帰ってきた。 「――オリハ、か? 随分印象が変わったね」  昨日今日では痩せているところは変わりはしないが、前髪はすっきりと短く整えられ、長いけれど手入れをほとんどされずに痛んでいた髪もうなじくらいまでの長さとなった。めずらしい目の色も、整った面立ちすらもはっきりとした少年がそこにはいた。ラケの弟妹たちがつくったらしい、彼女たちとお揃いの花冠が似合っている。 「コル、さま。おかえりなさい!」  パッと顔を明るくして笑いかけてきたオリハに、コルも「ただいま」と笑い返す。オリハの目は悪いがまったく見えない訳でもないらしく、一度覚えたものは割合すぐ分かるという。自分が認識されていることが、コルの中でじわじわと浸みてくる。 「驚いたな。あの真っ黒かったのと、同じ『オオカミ』には見えない」  ラケやコルの護衛たちもオリハを見て驚きの声を上げる。しかし当の本人は自分に注目が集まったことに驚き、顔を赤くして俯いてしまった。 「あの、へん、でしょうか……」 「いやねえ、変なわけないでしょ! みーんなオリハが可愛くて見惚れているのよ。ほらほら、みんなもお腹空いているでしょう。コル様の護衛の皆さんも狭いところで悪いけど、中へどうぞ!」  ラケの母親の明るい声で場の雰囲気は一気に食事ムードへと変わり、食事の用意が整えられる。これまたアスラルではないことだが、コルやその護衛、そしてラケの一族たちも一堂に会した夕食が始まった。ちょこんとコルの隣に座ったオリハは、懸命に慣れない手つきでカトラリーを使おうとしているが、手元は良く見えていないのか苦戦している。 「オリハ。自分の扱いやすいもので食べればいいんだよ。……待って、これは熱いから――」  じい、と皿とにらめっこしていたオリハから木製のスプーンを取り上げると、彼から少し遠いところにあった熱々のシチューを掬い取り、熱を冷ましてからオリハの口に含ませる。オリハがまたあわあわとなるのを見て微笑を浮かべると、コルはオリハにスプーンを戻してやった。 「コルおじちゃん、オリハにはとってもやさしい」 「とってもやさしい」  ラケの弟妹たちが口々に騒ぐのを母親が一喝して止める。オリハは顔を赤くしてまた下を向いたが、「オレはおじちゃんではなくて、お兄さん。ね?」とコルが真剣な声音で訂正するのを聞くとつい笑ってしまう。温かな料理に慣れていないオリハだったが、コルのさりげない手助けやラケの弟妹達のにぎやかさのお蔭で楽しく食事を進めることができた。ちらりと見上げると、松明に照らされるコルの髪はやはりキラキラとした金色をしていた。 (これは、ゆめ、じゃないのかな)  もしこれが夢で、現実はまだあの神殿の中にいるのだとしたら――二度と覚めなければいいとすら思ってしまう。 「……コルさま。ありがとう」 「ん? 別に、なにもしていないよ」  コルの男らしく整った綺麗な顔が、優し気に微笑む。いつもならぼんやりとしか見えないはずなのに、今日はちゃんと見える気がしてオリハはドキドキとした。長かった髪をすっきり整えてもらったというのもあるかもしれない。コルの笑顔の眩しさに顔をまた俯けながら、オリハは一つのことを決めたのだった。
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