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 オリハの態度がどこかよそよそしいものになったことに、コルはすぐに気づいた。どこに行ってもコルの姿をすぐに探すところまでは変わっていないのだが、コルを見つけると視線を逸らしてしまう。 (あの『オオカミ』、あの会話をわざとオリハに聞かせたのか)  心中でラケに悪態をついたところで、目が合ったオリハに笑顔で手を振る。オリハはぎくしゃくとした動きで頭を下げると、オリハの手を引いているラケの妹に何か話しかけられているようだった。――それから、ぱっと笑顔になる。  ノクスは白い毛並みを持ち凛とした端正な顔立ちの美しい『オオカミ』だが、オリハは顔立ちが整っているのもあるがその表情の動きがとても可愛らしい。性別がどうのとか、『オオカミ』か人かというところも越えてそう思うのだから、そんなオリハを虐待してきた『オオカミ』たちの神経がコルには理解できない。    間もなくラケも妹に呼ばれて何かを相談されていたが、どこかに出かけることになったらしい。 「ラーケー。君のせいでオリハに嫌われちゃったみたいなんだけど。彼らはどこに行くんだい」 「俺は何もしていませんよ。神殿の、オメガたちの墓場に行くそうです。花の冠をたくさん作ったので、オメガたちの墓標にかけてやったらどうだと妹が話したようです」  ふうん、と気が抜けた相槌を返してから、コルも立ち上がった。ラケが咎めるような素振を見せたが、コルはそれを笑って見やる。 「今夜の調印式が終われば、ディアディラは国からアスラルの自治領となる。いわば、オレの国のうちの一つってことだ。自国を自由に歩くことを、オレは許されていると思わないか?」 「……それは今夜以降の話でしょう」  呆れたように返してきたラケにもう一度笑ってコルは護衛の中でも一番『オオカミ』たちと溶け込んだ者を選んでオリハたちの遠い背中を追った。『オオカミ』の子どもたちは移動するのにずっと走っている。馬を使うのは『オオカミ』では騎士くらいのもので、一般の民は普通に徒歩やらで移動するそうだ。オリハも子どもたちと一緒になって走っていたものの、すぐに体力が尽きて遅れ始めた。 (神殿まではまだまだ遠いのに)  オリハの体力など考慮していないだろう『オオカミ』の子どもたちに苛立ちを覚えながら、コル自身は馬を操ってオリハに追いついた。なんだかんだと言いながら馬でついてきたラケがコルよりも先に降りると蹲っているオリハへと声をかけている。 「――オリハ!」  優しく、呼びかけたつもりだった。  しかし自分が思っているよりも、その声はずっと怒りを帯びているようで――ラケに助け起こされていたオリハは、コルを見上げながら怯えた表情を見せる。  「怪我はない?」  そんな声を出した己に、コル自身が驚きながらなんとか笑顔を取り繕ったが、オリハはまたぎくしゃくと頭を下げるだけだ。 (……何だろう、この感情は)  率直に表現すれば、『面白くない』が一番近いだろう。だが、今まで経験したことがないくらい複雑な感情がコルの中で渦巻いている。自分自身にも。オリハを置いていくラケの弟妹たちにも。オリハがいるのを知りながら、ノクスやつがいのことを話題にしてきたラケにも。そして、自分を避けようとしているオリハにも――なんだ、これは。  オリハを乗せたラケの馬が、弟妹たちを追いかけて駆けだした。それは『オオカミ』と人である自分自身とを分け隔てる距離のようにも思えて、コルはめずらしく嘆息するのだった。
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