時には艶づく華のように

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 久遠が首に結んだ細い布を緩めて、大げさなため息をつく。 「本物か。このパターンは俺も初めてだ。あのな、今のここは東京という地の外れで」 「ごめん、よくわからない」 「……まあいい。どうせお前はもう家には帰れない」  断言されて急に心細くなった。魂だけの自分が普通ではない事はわかる。 「僕はどうすればいいんだろ……」 「お前次第だと言ったろう」  久遠が立ち上がり、床の間に伏せてあった掛け軸を表に返した。 (え……っ!?)  その画はこれまで見た久遠の画風とは全く違う。  柔らかな青紫に彩られた沈丁花(ちんちょうげ)、その中で穏やかに微笑む那由多の裸夫画だった。 「僕!? 色の付いた!」 「俺の落款を入れれば完成だ」  差し出された小さな印章はもう朱肉がついている。 「還る(ところ)がない訳じゃない。ただ、ここに居るならお前の(うつわ)は用意できる」 「……!」  魂だけでは寄る辺もない。あの画に落款を押せば宿る身体がこの世に現れる。 (理を欺いて……)  ここに、この隠れ庵に。久遠の傍に。 「で、でもいいの? 僕が、その」 「器だけならただの人形だ。そんなモノに用はない」 「器だけじゃないなら……用がある?」  虚を突かれたように久遠が目を丸くする。それは初めて見る、彼の動揺。 (ああ……もっと久遠を知りたい。たとえ世を欺いても)  世界がこの繋がりを断罪する日まで。 「どうするんだ、早く決めろ!」  そうして那由多は久遠の落款を押した。その画と同じ、柔らかな笑みを浮かべて。  了 235a5add-216f-4522-b429-6cbe9e56afa4
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