時には艶づく華のように

2/16
35人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
(どうして、こんな時に発作が……!)  心臓がありえない速さで痙攣し、引き絞られるような痛みに眩暈がする。  彼──那由多(なゆた)の心臓の脆さは、生まれた時から十八になるこの歳まで改善されない。 (戻らないと……でもここはどの辺りだ)  勝手知ったる家の裏山のはずが、いつの間にか見たこともない風景に様変わりしている。  雨上がりの夕刻、寝間着(ねまき)の着物のまま散歩に出た。ほんの少しだけ心の整理をしようと。 「く……っ!」  ズキッと亀裂が入ったような胸を押さえた時、薄暗い山林の中に不意に小さな垣根が現れた。 (こんな所に民家が……?)  朦朧とする意識を引きずり、(かや)の生垣に設けられた板戸から倒れ込むように押し入る。 「たす……け、誰か……」  その庭は鬱蒼とした(あし)が生い茂る寂れた風情。だが奥に色鮮やかな赤い曼殊沙華(まんじゅしゃげ)が花開き、傍に佇んでいた男が振り返った。 (……っ)  ゆるゆると着流した黒紬(くろつむぎ)に曼殊沙華が滲むように映る。(くれない)の飾り紐で束ねた長い黒髪、そして切れ長な瞳が物憂げに那由多を流し見た。 「は……、ぅ……!」  気が遠くなるのは、襟元から覗く男の肌に匂い立つ艶香(いろか)をみたからか。  それは逢魔時(おうまどき)に現れた美しすぎる麗人。 (も……、(もの)()……?)  それきり那由多は意識を手放した。  ──その日、出会うはずのなかった二人は、世界を様々に欺いてゆく──
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!