35人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ
(どうして、こんな時に発作が……!)
心臓がありえない速さで痙攣し、引き絞られるような痛みに眩暈がする。
彼──那由多の心臓の脆さは、生まれた時から十八になるこの歳まで改善されない。
(戻らないと……でもここはどの辺りだ)
勝手知ったる家の裏山のはずが、いつの間にか見たこともない風景に様変わりしている。
雨上がりの夕刻、寝間着の着物のまま散歩に出た。ほんの少しだけ心の整理をしようと。
「く……っ!」
ズキッと亀裂が入ったような胸を押さえた時、薄暗い山林の中に不意に小さな垣根が現れた。
(こんな所に民家が……?)
朦朧とする意識を引きずり、榧の生垣に設けられた板戸から倒れ込むように押し入る。
「たす……け、誰か……」
その庭は鬱蒼とした萱が生い茂る寂れた風情。だが奥に色鮮やかな赤い曼殊沙華が花開き、傍に佇んでいた男が振り返った。
(……っ)
ゆるゆると着流した黒紬に曼殊沙華が滲むように映る。紅の飾り紐で束ねた長い黒髪、そして切れ長な瞳が物憂げに那由多を流し見た。
「は……、ぅ……!」
気が遠くなるのは、襟元から覗く男の肌に匂い立つ艶香をみたからか。
それは逢魔時に現れた美しすぎる麗人。
(も……、物の怪……?)
それきり那由多は意識を手放した。
──その日、出会うはずのなかった二人は、世界を様々に欺いてゆく──
最初のコメントを投稿しよう!