〜第1号〜

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〜第1号〜

「ギムレットを一つ」  男は慣れた口調で注文を済ます。しばらくするとライムの心地よい香りが辺りに漂う。  差し出されたカクテルを口にした後、時計に目をやった。自慢のロレックス。値段は忘れたが、中古の家を一括で買えるくらいはした気がする。  約束の時間を十五分過ぎている。いや、正確には十三分か。そんなことはどうだっていい。とにかく待つのは苦手なんだ。  「すいませんね、道に迷ってしまったもんで、都会は慣れませんねまったく。」  来た。こいつが被験体第一号になる。記念すべき一人目だ。なんてみずぼらしい格好なんだ。麻布十番の会員制のBARには到底似つかない。 「まあ長旅でだいぶ疲れたことでしょう。本題に入る前に一杯どうですか?」  あくまで平然を装う。ここで機嫌を損ねて気分が変わっただなんて言われても困る。 「じゃ、じゃあビールを一杯ください旦那。」  この男はどうやらこのBARのことを常連の居酒屋かなにかと勘違いしているらしい。マスターのことを旦那と呼ぶ奴は初めて見た。こぼれ落ちる笑みをぐっとこらえた。  「スタイルはいかがなさいますか?」 「え、スタイル?」と拍子抜けした声で返す。 「ピルスナー、ベルシャンホワイト、スタウト、ゴールデンエール、様々ご用意させていただいてますが、」マスターは容赦なく続けた。     ・・  こいつワザとやってやがる。嫌味な旦那だ。この男にビールの違いなんてわかるはずがない。まずビール頼む時にそんなことは聞かないはずだ。余計なことしてを機嫌を損ねてくれるな。 「ピルスナーでいいですよ、一番メジャーですしね。それ一つ。」  慌ててフォローに入った。 「ビールなんて発泡酒しか飲まないもので、おたくはお酒に詳しいんですね。」 「嗜む程度ですよ。」  男はハッと思いついたような表情をし、ポケットからゴソゴソと何かを取り出した。タバコでも吸うのだろうか。しかし顔をのぞかせたのはくしゃくしゃになった金色の紙切れだった。 「このBARの招待状なんですけど、これ豪華ですよねぇ、ゴールドをふんだんにつかうなんて洒落てますよ。」  汚い歯を見せて笑う男に嫌悪感を抱きながらも、笑顔で適当に相槌打った。この男はこれから自分の身に降りかかる事実を理解しているのだろうか。いや、緊張を紛らわしているかのようにも見える。早いうちに本題に移ろうと口を開きかけたとき被検体第一号が急に大声を上げた。 「これ、ロレックスですよね?しかも限定品だから価値も高いやつですよ!さぞかしいいお値段したんでしょう。」  感心した。この男にこの時計の価値がわかるとは。昔はもしかしたら一流の企業に勤めていたのかもしれない、いやでも酒には疎かった。まあ、関係ない、どのみち短い命だ。そろそろ本題に入ろう。 「さて、無駄話はこれくらいにして、本f題に入りましょう。」  男のつばの飲む音が私の耳にも聞こえたが、そのまま続けた。 「最後に確認しておきます。今日この場にいらしたということは、あなたは死ぬことになります。本当によろしいですね?」  余計な言葉は省きゆっくり、諭すように尋ねた。  さっきまで饒舌だった男には見る影もないくらいに黙り込んだ。額には脂汗が滲んでいる。一呼吸付き、残りのビールを飲み干すと決心したかのような顔で一言、俯き加減で呟いた。 「はい。」  
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