Chapter1-7:ヤンさん登場

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Chapter1-7:ヤンさん登場

 さて、ようやく三人目!   そうです、あの人の登場ですね。どういうわけか主婦層と女子高生に大人気、ヤンキーの中のヤンキー、ヤンさんです。  あれは番組製作開始から――二週間ぐらいですかね?   第一話をアップして、視聴数が百七人。多いのか少ないのか、よく判らないけど、コンテンツを増やして宣伝を徐々にしていけば、そのうち四桁になるだろう、と呑気に構えていた頃です。  学校では百合ちゃん先生が、お化けの話を募集する、某国民的妖怪アニメに出てくるなんちゃらポストそっくりのやつをクラスの後ろに設置したりしてですね、先生、マジすか? とか聞いたら、マジもマジ、大マジよ! とか豪快に笑われたりして、休み時間ごとにポストに入れろっつーのに直に言いに来る子が上から下までひっきりなしで、トイレの中でトイレの怪談を聞かされるなんてことはざらで、委員長も個室に入ってたら、隣の個室からお化けの相談をされたっていう、それがホラーじゃねえかって日常を送っておりました。 「反響がデカすぎる」  机に突っ伏している委員長。その頭の上に消しゴムを置く僕。五秒以内に我が頭よりそれを回収したまえ、と委員長。消しゴムの上にもう一個消しゴムを置く僕。 「まあまあ、お二人さん」  委員長にアイアンクローを食らってブリッジで耐える僕の頭をそっと支える……ようにみせかけて更にアイアンクローの追い討ちをかけてきたのは、皆さんご存知、うちの番組唯一の良心かつ常識人、ショートカットに目がクリっとしたクラスメートのヒョウモンさんです。  ちなみに彼女の名前ですが、トカゲの方かタコの方なのかは、いまだに教えてもらっていません。 「無視されるよりは全然いーじゃない? 第一回もまったりしてて面白かったよ」  ありがとうございます、と僕はぎりぎりと絞められながら答えました。 「でも、朝から晩まではキツ過ぎる」 「うーん、だって委員長もオッサンも律儀にメモ取ってくれるからね、そりゃみんな話したくなるよ。親に話しても本気にしてくれないし、先生に話すのはハードルが高すぎるし」  委員長は手を離しました。  僕はぐーっと体を起こしました。 「それなんだよな。まあ、嘘……いや、楽しい噂話もあるけどさ、実体験だっていう結構地味な話が多いんだよなあ。みんな聞いてもらいたいんだねえ」  委員長が渋い顔をします。 「ポストの方はもっと凄いわよ。地図が書いてあるやつも多い。しかも体験談がダブってるのがある。勿論、友達同士で示し合わせて作り話をってのもあるかもしれないし、テレビとかネットで流行ってる怪談の丸写しのやつもあるんだけどさ、殆どが聞いたことが無いような話なんだよね……。  まあ、ホントどうしようもない『おまじない』の類も多いんだけどさ。まったく、呆れるわ……」  ヒョウモンさんが、ずいぶんキツイね? と疑問を呈すると、委員長はぐりっと天井に目を向けました。 「だって、どれもこれもメチャクチャでさ、酷いのになると、場所が、あたし行きつけのスーパーの駐車場よ? 鉄柵に何か紙が結んであるな、と思ったら、まさか、願い事とはね。神社行けよ、神社」  僕は肩を竦めると、まとめのノートを机の上に拡げました。これは委員長、ばーちゃん、僕でネタの整理に使っていた物で、一月と経たず次のノートに行くことになるんですが、コピーやら写真やらを張り付けているので、その時点でかなりぶ厚くなってました。 「噂の体験談の中で多いのが、『追いかけてくる口笛』。あとは『動く絵』だね。 『口笛』は夜どこまでも口笛が追ってくる。んで、『動く絵』は壁に描かれた『落書き』が動くのを見たって話。これだけで四十人くらい」 「さっきポストから二人追加で」 「どっちに?」 「一人づつ」  うへぇ、と僕、その横でヒョウモンさんが、小さく手を上げました。委員長がえ? という顔をしました。 「実は、あたしも、口笛に追いかけられて……それで、妙なものを見ちゃって……その、二人に聞いてほしいかなー、なんて」  こうして第二回、『謎の川』の撮影が始まりました。  一度家に帰ると、ばーちゃんに状況を説明します。E川中央橋で撮影、友達も二人来る。だから、保護者として、いやさ、プロデューサーとして来てもらえないでしょうか。即答でイエス、四十秒でガッチリ外出着に着替えます。ほんと、ばーちゃん最高です。 「ユウジロウ、委員長ちゃんの予想は当たってると思うぞ。どうも去年あたりから、町が騒がしくなってるみたいだ」 「ばーちゃんの方で何か掴んだ?」 「まあね。ソースはフードコートと家電売り場。飲み屋にファミレスでの立ち聞きさ」  実に僕達の番組っぽい情報源です。 「そのうちの一つが、これから行く川なんだけどね。ちょっと自分の目で現場を見たかったのよ。あと、あたしも番組出るから。『ホゴッシャー』とか、そう呼んでくれて結構」 「いや、ばーちゃんは、ばーちゃんでしょー」  そんな話をしているうちにE川中央橋につきました。時刻は大体四時くらい。  このE川、僕らの町の中心を東から西に流れています。あの謎宇宙公園や僕の家は西の端です。中央橋は正式名称は他にありますが、例によって伏せる感じです。  で、この辺りは駅の真ん前で商店街のど真ん中です。その所為か、川幅は広く、コンクリートで整地され、川自体も浅く、植え込みやベンチもあって、休日ともなれば結構な人が釣り糸を垂れたり川で遊んだりしています。  ここでは、妙な笑い声を聞いた、という噂が一件届いていましたが、時期不明な上に、どうやら『友達の友達の体験で』というボンヤリしているやつなので、今日はヒョウモンさんの方一択です。  僕らが階段を下りますと、ベンチに座っていた委員長とヒョウモンさんが手を振りました。見渡すと今日は割と人が少ないようです。橋桁の近くに釣りをしている人が数名だけです。僕はカメラを回し始めました。 「皆さん、どうもこんにちは。オッサン、ことユウジロウです。えー、第二回、ですか。今日は人員も増えてパワーアップ! のはずなんですがね、さて、どうでしょう」  僕とばーちゃんがベンチにつくと、委員長はカメラ目線で片眉を上げ、指を唇に当てました。そのまま僕がカメラごとゆっくりと覗くと、委員長とヒョウモンさんの間に子猫が一匹寝ていました。そう、皆さん、ご存知のあの茶色い子猫、リョータちゃんです。  というわけで、そこでヤンさんと繋がるわけですね。  僕らはそっとベンチから離れ、打ち合わせを始めたんですが、リョータちゃんはいきなりむくっと起き上がり、あの地上でも最も可愛らしい『ビヤァー』という鳴き声をあげたんです。  委員長が、ひょうと声を上げ、ヒョウモンさんが、かーわーいい~と常識ある反応をし、ばーちゃんがあざとい、流石あざとい、と笑う横で僕はカメラを回しました。  ベンチから飛び降りるリョータちゃん。  僕の横を走り抜けるリョータちゃん。  小さい尻尾を立て、ビヤァーと鳴くリョータちゃん。  そして、フレームの外から伸びてくるごつい手に抱きかかえられて嬉しそうに鳴くリョータちゃん。  金髪リーゼントの髪に顔を擦りつけ、肩の上でぐるぐる言い始めるリョータちゃん。  僕はカメラを止め、僕を見下ろしている金髪赤ジャージ、身長一八〇越えのヤンキーと直接目を合わせることになりました。
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