Chapter1-4:春の嵐

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Chapter1-4:春の嵐

 僕達は公園に戻りました。  委員長は辺りをきょろきょろしていましたが、ベンチでまだまだ豪快に寝ている男の人を見て、ああと指差して叫びました。 「良かった! 時間がめっちゃ過ぎてるとかはないみたい!」 「いや、あの男の人が八十年寝てる可能性もあるんじゃない?」  委員長はいつもの表情で僕を見た後、うーと唸りながらベンチに近寄り、男の人を揺り起こしました。なんだなんだと起きた男の人に委員長は、あれ、と声を上げています。  男の人も、おやと声を上げました。委員長はお辞儀をすると少し雑談をし、自然な流れで時間を聞いていました。男の人はスマホを取り出し、委員長はさっと画面を覗き込みます。時間じゃなくて日付を盗み見たようです。  あれ、もうこんな時間か。そろそろ帰らなきゃ――そんなのんびりしたことを言って男の人は立ち上がると、僕と委員長に会釈をしてすたすた歩いていきます。  委員長は軽くスキップしながら帰ってきました。知り合い? という僕の問いに、委員長はうちの近くの病院の先生、と答えました。 「最近忙しくて、今日は久しぶりの休みなんだって。で、そろそろお昼だとさ」 「へえ……ところで委員長はスマホもってないの?」  家に忘れてきた、と委員長は空を仰ぎます。  だってこんなに晴れてるから、と優しい声を出したりしますが、まあ要は、陽気に浮かれてふらふら徘徊していた、と。ちなみに僕は持っていません。 「ま、カメラに時計ついてるんだけどね」  僕がそう言うと、きええっと気合の入ったチョップが僕の頭に刺さりました。  さて、昼も近いということで僕は委員長に二度目のお誘い、家に来ないか、と言いました。今日は僕がお昼を作る日です。色々迷惑かけたしお昼を御馳走しようじゃないか、というわけです。  公園の入り口に灰色の服を着た集団が入ってきました。公園の掃除でしょうか、箒に塵取り、大きな麻袋を担いでいます。  先頭はポニーテールの女性で、ややキツめの印象を受けました。他の人への指示も、声に苛立ちみたいな物がある気がしました。委員長は連中にちらりと目をやり、腕組みをして唸りました。 「星を観に行こうと言われ、とんでもない目に会ったわけでさ、その当人にお昼を御馳走しようと言われてホイホイ行くと思う?」  思うねえ、と僕は言いました。 「あら、お友達――撮影助手ね!」  笑顔で頭を下げ、自己紹介とお決まりの本日はお招きいただき云々を言おうとしていた委員長の顔が固まりました。そのままギッギッと鉄棒が体内にあるかのような動きで僕を振り返る。  僕は再びにやりと笑い、ばーちゃんもにやりと笑いました。 「謀ったな、貴様らぁ!」  番組恒例の委員長の『謀ったな、貴様らぁ』の一発目は実はこの時なのです。カメラが回って無かったのが実に残念です。僕はこの反応がすごく好きで、というか委員長の反応が大体好きなんです。いやあ、面白い。  まあ、その後三人で昼食という事となり、委員長は自宅に電話をかけ、僕は素麺をゆでつつ、オクラとネギを切り、刺し水をしつつ、厚揚げをあぶりました。居間からは、ばーちゃんの驚く声が聞こえます。カメラをチェックしつつ委員長に色々質問しています。 「はい、できましたっと」  僕が居間に色々と運んでいくと、ばーちゃんと委員長が立ち上がって手伝ってくれました。委員長が不思議そうな顔をしています。 「……このオクラは何に使うの?」 「ああ、それはつゆに入れるんだよ」 「いや、その――皿に山盛りなんだけど」  僕はつゆにネギとわさびとオクラをたっぷり入れ、とどめに生卵をいれました。  どろんどろんのでろんでろん。  そこに白い素麺を入れ、軽く混ぜてずるーっと啜る! ともかく最高の味ですね。  委員長はいつもの顔。ばーちゃんはネギにわさびでするする啜ってます。  委員長は、郷に入っては、とかブツブツ言いながら少しオクラを入れましたが、数分後には山盛りのオクラは綺麗さっぱり無くなりました。 「この素材は使えないなあ」  昼食後、お茶を啜りながら、ばーちゃんが口火を切りました。僕と委員長は顔を見合わせました。やっぱりねえ、と小さく言う委員長。僕も、まあ、そうだろうなとは思ってましたが一応抗議します。 「えー、なんでー、おばーちゃーん、僕達がんばったじゃーん」  委員長が白目を剥き天井を仰ぎました。ばーちゃんが良いリアクションだ、と呟きます。 「簡単よ。不法侵入に見える」 「あ、やっぱり?」 「それと初回から宇宙空間とか、見る人置いてき過ぎでしょ」  小さく溜息をつきカメラをばーちゃんから受け取る委員長。僕は煎餅をガリガリと齧り、お茶を啜りました。 「ばーちゃん、番組なんだけどさ、どーしようか?」 「……それなんだけど――」  その時ばーちゃんの声を遮るように、どぉんと遠くから大きな音がしました。僕は委員長と顔を見合わせました。 「雷?」 「え? 今、春なんだけど……」  そう言って窓に這っていった委員長は、遠くの空を見てうわっと声を上げました。 「マジで雷じゃん。雨降ってきたら、やだなあ。夕方までに止むかな……」  ばーちゃんが大丈夫大丈夫、いざとなったら車で送って行くからと笑っています。僕も窓まで這って行くと委員長の隣で胡坐を組みました。 「さて、番組ですがね、どうしますか撮影助手?」  委員長はぎろりと僕を睨みます。眼鏡の上の方から見える大きな目はこぼれそうなくらいに見開いています。 「色々役職をつけてくれるじゃない。当然報酬は凄いんでしょうね?」 「いやー、お互い小学生なんだから生臭い話はやめといた方がいいんじゃないかなあ。いや、利益がもし出たらちゃんと親御さんに相談して――」  委員長がふっと視線を窓に戻すと同時に、空がパッと光りました。いよいよ近くに来たようで、委員長はさっとカメラを構えました。 「なんだかんだで気に入ってるよね、撮るの」 「まーね。結構楽しい」  どろろん、とかなり大きな音がしました。さっきの光の音――にしてはタイミングが遅い。まだ離れているのかな? と空を見上げると、またぴかっと光ります。  おお~、とにやにやしてると委員長が僕の脇をつつきました。ん? と横を見ると委員長の顔が僕の間近にあります。シャンプーの匂いがする、と呟くと気持ち悪い事言ってないで、これ見なさいよとカメラを押し付けられました。 「空に向けてみて」  僕はカメラを空に向けました。真っ黒いうねうねと動く雲。その下で風にざわざわと揺れる木々。たわむ電線。  良い絵だな、と思いました。  ホラー映画の最初に流せば、何か起こるぞ、と観客を緊張させるでしょう。そんな事を考えていると、また空が光りました。ちなみにカメラは録画中です。後で確認すると、テーブルでカメラを受け取った時からずっと録画していたようです。  まあ、ともかく空は光ったんです。  ただ、それには形がありました。  青白く、二か所欠けた円。視力検査の時に出されたら、右と左斜め上と答えなければならない代物です。それが空いっぱいにぼうっと浮かんだのです。  僕達はただちにテーブルに戻ると、今撮った物をばーちゃんと一緒に観なおしました。 「……これ、今撮ったのかい? 今、外でこれが起きた?」  僕と委員長は頷きます。ばーちゃんはしばらくじっとモニターを見た後、スマホを取り出し、画面をタップしています。 「あんた、明日担任の百合ちゃんに今こういうことやってますってこの映像見せなさい。USBメモリだったら学校に持って行けるでしょ?」  ばーちゃんの言葉に僕らは吃驚しました。 「あ、あの、先生のお知り合いなんですか?」  委員長の質問に、ばーちゃんはにやりと笑いました。
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