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「……心配だな」
昨夜から降り止まない雨が、部屋の窓に打ち付ける。まだ正午を回ったばかりだと言うのに空はどんよりと薄暗く、僕の心を酷く憂鬱にさせていた。
濡れた窓から眼下を見下ろせば、あちこちに土色の大きな水溜まりが出来ていた。
ユリアは大丈夫だろうか。病気のお婆さんと2人きりで、きっと心細い思いをしているに違いない。本当なら今すぐにでも駆けつけて、彼女を抱きしめ安心させてあげたい。
しかしそうは思っても、昨日の今日で外出など父さんは絶対に許してくれないだろう。だって父さんも母さんも、……いや、両親だけではない。町に住む大人たちは皆――普段は態度に出すことは無いけれど――ユリアのことを忌み嫌い、恐れているのだから。
森の奥には魔女がいる。――この町にはそんな、古くからの言い伝えがある。絶対に森に立ち入ってはいけないよ。この町の子供は皆そう言い聞かせられて育つのだ。けれど実際にその言い付けを守る子供なんて、今では殆どいない。僕もその一人だった。そして――ユリアに出会ったのだ。
彼女は人間だ。ごく普通の、僕らと同じ。可笑しな術も、呪いも、儀式も行わない。彼女は断じて魔女などではない。皆、そんなことはわかっている筈だ。だから普段は彼女と言葉を交わすし――下手に避けたりすることはない。なのに、やはり受け入れられないのだという。彼女が森に住んでいる――ただ、それだけの理由で。
でもそれは小さなこの町の中だからだ。町の外に出てしまえば――あの森から離れてしまえば、そんなことは無くなる。
ナサニエル先生がいい例だ。この町の唯一の医者である、ナサニエル・シルクレット先生。遠方から来たと言う彼は、ユリアのこともお婆さんのことも決して差別したりしなかった。町の大人たちがいくら忠告しても、先生だけは困ったように笑いながら「私は医者ですから」と、そう言った。今彼は週に一度、お婆さんの診察の為、森を訪れてくれている。丁度今日がその日だ。
僕は両親を信用していない。けれど、ナサニエル先生だけは信用出来るし、信頼出来る。ユリアが今頼れるのは、僕とナサニエル先生だけだろう。あぁ、早く成人してしまいたい。そうしたら僕はずっと、彼女の傍にいてあげられるのに。
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