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「それでもこんなにたくさん人のいるところで話したのは林の落ち度だよ。もっとしっかり管理するよう伝えなかった僕も悪い」
立ち上がり社長に深く頭を下げた。
「申し訳ありません。弊社の社員が大変申し訳ないことをいたしました。お詫びのしようがありません」
猪尾よりさらに深く頭を下げながら自分が情けなくて唇を噛みしめた。
あの時はただ元クラスメイトの野瀬将生の話をしているつもりだった。
誰々がどうしたんだって。久しぶりにあいつに会ったよ___その程度の、昔なじみで集まると出る話題のような。
だけど相手はあの頃の将生じゃなく、世界に有名なMASAKIでもあった。重大なアイデンティティにかかわることなら尚更人前で口にしていいものではなかった。
周りに聞こえないように気をつけていたつもりが全然守れていなかった。取り返しのつかないことに草太は蒼白になる。
「とりあえずこれはこちらで消します。アップした人も見つけ次第訴えるつもりです。ですが……猪尾先輩の部下の方だと安心していましたがこれはちょっとまずいかな」
怒るというより困ったように事務所の社長は続けた。
「あまり友達も作らないあいつが林くんに興味を持ったからいい兆候だなって思っていたんだけど、ね。聞けば中学の同級生だっていうし。たまには同年代の友達と付きあうのもいいことだって思ったんだけど……野放しにしていたのはこちらの落ち度でもあります」
社長は一度言葉を区切り、苦渋の決断といったようにつづけた。
「一応、あいつも世界的に売り出し中だし、この時代すぐに面白おかしく拡散されてしまうからね……このままでというわけにはいきません。とりあえず今回のCMは一度なかったことにしてください」
「申し訳ありませんでした!」
いくら頭を下げても一度出された決断は覆されないことは嫌というほど知っている。それだけのことを草太はしてしまったのだ。
何の落ち度もないのに一緒に頭を下げてくれる猪尾にも申し訳なくて仕方がなかった。
調子に乗りすぎていたのだ。あのMASAKIとこういう関係になって、大きな仕事を回せるようになって、どこか甘えて傲慢になっていたのかもしれない。
いつもそうだ。触れちゃいけないことに触れて大事なものを壊してしまう。わかっていて、注意していたのに、また将生を傷つけてしまった。まだ痛む傷を開いてしまった。
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