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事務所を出て自社に帰る道のりはとても静かで猪尾も草太も何も言葉を発することはできなかった。
あの時、食事に行かなければ、ただのモデルとして接していれればこんなことにはならなかっただろうか。
ちゃんと他のクライアントと同じように接していたら。プライーベートときっちり分けていたらこんなことにはならなかった。
明らかに草太の落ち度だ。将生だから……元クラスメイトだと思っていたから、油断した。これは自分の意識不足がまねいたことだ。
「申し訳ありませんでした」
もう一度猪尾に頭を下げた。
この損害は大きすぎるだろう。草太一人のクビで終われるかどうかもわからない。猪尾もそれはわかっているのだろう。困ったように笑って「どうしよっかね」と空を仰ぎ見た。
「君だけにまかせすぎた僕のせいだね」
「違います。猪尾さんは悪くありません、俺がもっと考えていれば……」
うなだれた草太の頭にポンと手を乗せ、猪尾は薄く笑みを浮かべた。
「ここで言い合っていても仕方ないし、とりあえずこれは僕が持ち帰って報告します。林くんは自宅待機してもらってもいいかな」
それはクビ宣告にも近かった。草太はもう一度猪尾に頭を下げ後ろ姿が見えなくなっても頭を上げることが出来ないでいた。
社会人になってもこうだ。いつもなんで自分は大事なところで間違うのかと思うと悔しくて涙が出そうなのを飲み込んだ。
自分がしでかしてしまったことの責任を取るのは当然だ。だけど草太には何の力もない。猪尾に任せるしかないやるせなさに胸が痛んだ。
そして___傷ついた将生をそのままにしておくわけにはいかなかった。
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