ミルクミントの魔法

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 靴を履き替えて昇降口を出ると日はすっかり落ちていた。刺すような夜気に思わず首を竦めて、亜衣香(あいか)は襟元を押さえる。ポロシャツに薄い灰色のスクールセーターを重ねただけの格好ではさすがに朝晩厳しくなってきた。  衣替えはとっくに過ぎた。でも誰もブレザーを着ていないし、着てくるような雰囲気もない。身を縮こまらせ、明日はそんなに寒くなければいいなと願う。  正門に近づくと、先を歩く後ろ姿が目に入った。亜衣香の顔がパッと輝く。薄暗くて判然としないけど背格好からして男の人。そして直感に従えばあれはよく知ってる背中のはずだ。  肩にかけた鞄を抱え直した。できるだけ忍び足で背後に駆け寄る。そうして、 「わっ!」  その背中を少し強めに叩いた。  叩かれた方は「うわっ!」と()()り、たたらを踏んだ。 「……ああ、亜衣ちゃんか。ビックリした」 「やった、成功成功」  人違いではなかったこと、加えて狙い通りの反応を引き出せたことに亜衣香は小さくガッツポーズをする。  彼はジャケットを正しながら苦笑を漏らした。いつもよりほんの少しよそ行きの匂いがする。とはいえさほど珍しい格好というわけでもない。彼が日頃からきっちりした装いを好むことを亜衣香はずっと前から知っている。  植沢(いく)。亜衣香とは年の離れた幼馴染であり、想いを寄せるその人でもある。 「今帰り? 居残りか?」  柔らかな低音が耳に届く。  自分一人に向けられた優しげな眼差しを亜衣香はうっとりと見上げる。彼の目が訝しげに細められ、我に返った少女は慌てて首を横に振った。 「委員会があったの。文化委員。卒業生を送る会を企画しなきゃいけないのよ」 「もうそんな時期か。そういうの、文化委員がやるんだな」 「文化祭が終わればあとは仕事がないから」  肩を竦めてみせると得心のいった顔が帰ってきた。 「じゃあ一緒に帰ろうか。送っていくよ」 「ほんと!? あ、でも郁は電車でしょ。わたしの家、駅とは反対方向だし……」 「大した距離じゃないよ」  小さな遠慮も郁にかかれば一瞬で吹き飛んでしまう。行こうかと微笑む彼の周りにはまるでキラキラと星が散っているみたいだ。  亜衣香はお祈りをするように両手を組むとこくこく頷いた。
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