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なんだかふわふわいい気分だった。両足は羽根が生えたように軽く、交互に足を出すだけのその動作さえ覚束ない。
──学校帰りに好きな人と一緒に帰る。
それは亜衣香がずっと憧れていたシチュエーション。
なにせ郁との年齢差は七歳もある。それだけ年が離れるとただの一度も在学期間がかぶらない。
周りのカップルが仲良く下校していくのを見るたび、せめて郁ともう少し年が近ければなと年の差をちょっぴり恨んだこともあった。
だから全校集会で紹介された教育実習生の中に郁の顔を見つけたときは驚いた。
幻を見てるのかと目をゴシゴシこすり、間違いなく本人であることを認めると次はドッキリか何かかしらと思った。まさか同じ学校に通える日が本当にくるなんて。
同時に、彼に向けられる黄色い声には顔を顰める羽目になった。
誰が見てもイケメンである郁。騒がれるのは当然のことと頭ではわかっていても、肝心の感情がついてこない。
校内で郁を見られる幸せと、彼の授業を受けられる喜び。でも思うようには話しかけられないジレンマに亜衣香はどこかもやもやした数日を送っていた。
「暗くなるのが随分早くなったな」
郁の呟きに釣られるように亜衣香も天を仰ぐ。藍色の空に星が一つ二つ瞬いている。
亜衣香がまだ小さかった頃もよくこんなふうに並んで歩いたものだった。思いきり遊んで、笑って、駆けまわって……。あの頃は手も繋いで帰った気がする。
亜衣香にとっての郁は先生である前に幼馴染。みんながどれだけ騒ごうともこの間柄だけは覆せない。亜衣香だけの特権、そう自覚するとついつい頬が緩んだ。
なんとなく優越感に浸りながらこっそりと横目で隣を窺った。街灯の明かりに照らされた横顔がどことなく憂いを帯びて見えてどきりとする。急に、彼が大人の男性であるという事実を突きつけられた気がした。途端に騒ぎ出した胸の音に、亜衣香の鞄を持つ手に力が籠もる。
「あ、郁は、いつもこんなに遅いの? 教育実習って大変なのね……」
再び前を向き、何気ないふうを装って話題を紡いだ。──そのつもりだった。すぐに「まあね」と声が降ってきて、亜衣香の思惑通りにうまく話を振れたと思ったのだが。
「今日は、小テストの採点を手伝ってたから。……そういえば倉本さんのもあったな。結構イージーミスが」
「えっやだ! わたしのは忘れて! テストの話なんかどうでもいい!」
一瞬前とは全く違う意味で動揺し、亜衣香は血相を変えて郁に詰め寄った。握り拳を作ってぽかぽかと二の腕のあたりを叩く。
郁はといえばその可愛らしい攻撃を避けもせず、ただ小さく溜息をついた。
「どうでもよくはないだろう。イージーミスだって間違いは間違いだからな。点に繋がらなければ意味がない。明日から十一月だろう。あっという間に期末テストだ」
呆れた声と渋い顔を向けられ、それまで弾んでいた亜衣香の心がしゅんと萎んだ。
前言撤回、こういうのはあんまり嬉しくない。むしろ全然嬉しくない。思い起こせば郁にはいつも叱られているような気がしてくる。
ぷいと顔を背けた。
あたりはいつの間にか大規模分譲された住宅街に差しかかっていた。よく似たデザインの住宅が建ち並ぶこの一画を抜け、大通りを渡ってしまえば亜衣香の家はすぐそこだ。それはつまり郁との帰り道デートが終わることを意味する。
せっかくのチャンスなのに。
あと少ししか一緒にいられないのに。
なんとなく気まずい雰囲気になっているこの状況に亜衣香はそっと下を向く。
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