外伝:贈り物に風切羽を

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 夕食の間も、そんなことを考えていた。  顔には出してないつもりだけど、敏いマラナが『今日はゆっくりくつろいでください』と言って、いつもはしない特別な泡のお風呂を用意してくれた。  やっぱり、寂しいは、辛い。 「エレ様」  と、どこか嬉しそうなマラナが部屋に来て、手紙と綺麗な青色の箱を差し出した。あの箱、見たことある。そうだ、エレナがこの前くれた、お菓子の箱によく似てる。 「エレナから?」  僕がそう言うと、マラナが少しだけ困ったように微笑んだ。 「……いえ、あの。アーリャ殿下からです」 「え……」  こんな形で贈り物をもらうのは、初めてだった。受け取ろうとして、僕に翼しかないことを思い出し、目の前がくらくらしだす。 「ど、どうしよ、あけ、あけるの、あの」 「エレ様! 僭越ながら、わたくしがお手紙を開いて、箱を開けても構いませんか?」 「ま、マラナが? ……う、ん。おねがい」  頷くと、マラナがすぐに開けてくれる。マラナは栗鼠族だから、手先がとても器用だ。結ばれているリボンをするすると解いて、手紙も綺麗に開けてくれた。 「さ、ご覧ください」 「……アーリャの字だ」  足先で手紙を抑えて、じっと見る。  オヴァール領のこと、旅をしているという古鳥族に会ったこと、それから僕がどう過ごしていたか尋ねる内容だった。箱の中身は見たこともない真っ赤な果実で、マラナ曰く、オヴァール領で作られることで有名な果実らしい。  一個だけ食べたら、甘くてとても、好きな味がした。  やっぱり、アーリャは凄い。僕の好きなものを、ちゃんと知っていてくれた。 「手紙……アーリャの手紙だ……」  嬉しい。胸が、寂しいと違って、嬉しいで苦しくてたまらない。  口が思わず、声を上げる。ぴるるるる、と、笛のような音が出た。  こういう時、喉をつぶさなくてよかったと本当に思う。 「ど、どうしよ、返事。へんじしなきゃ」 「エレ様。折角なら、贈り物も合わせて選んでみませんか?」 「い、いいの? 僕、贈り物、アーリャに、選んでも、いいの?」  全然、口が回らない。マラナを含め、侍従たちが顔を見合わせた。どんな反応をされるだろう、恐ろしくて黙っていると皆が一様に笑顔になる。 「もちろんです、何でも良いのですよ、庭の花でも何でもよいのです」 「いっそ石でも問題ありませんよ」  そうなんだ、でもせっかくなら喜んで欲しい。 「そうだ! これ、この羽はどうかな? ここの、一番大きい奴!」  飛び上がって翼を広げて見せると、侍女のカーラがふらついた。鴉族の彼女の翼が、感情に反応して大きく広がる。 「エレ様!!」 「……かーら?」 「大声を出して申し訳ございません。不敬を承知です、首にして構いません。いいですか? その羽はダメです、絶対ダメです」 「どうして?」  他の侍従や侍女も不思議そうな顔をしている。カーラは自分の翼を広げると、同じように外側に並ぶ大きな羽を示した。 「この羽は、空を飛ぶために欠かせない『風切羽』と言います。エレ様の言う羽も、その1つです。それを、それをつがいに渡すのは……」  カーラが、ごくりと息をのむ。 「もう空を飛べなくてもよい、それほどあなたの傍に居たいという証です」 「え、ならあげる、アーリャにあげたい」  それならもっとあげたい。アーリャに伝わるかはわからないけど、手紙に書いたらきっと分かってくれる。 「抜いてしまえば、次に生えるのに年単位で時間がかかるのですよ? 古鳥族でいらっしゃるので、もう少し早いかもしれませんが……万が一の時、飛べないとなると逃げる経路が一つ潰れてしまうのです」  必死に言うカーラに、そういうことか、と納得した。 「そっか……じゃあ、抜いても良い羽は?」 「……分かりました、お教えいたしますね」 「ありがとう、カーラ。心配してくれて」 「とんでもありません。……マラナ様、鳥族の教師を加えられた方が良いのでは?」 「そうですね……早急に手配いたしましょう」  二人がそう話をしていたけど、僕は贈り物のことで頭がいっぱいだった。  アーリャは喜んでくれるかな。何て言ってくれるかな。  好きって、思って、くれると良いな。  カーラに教えられて丁寧に抜いた羽を手に、思わず呟く。 「アーリャ、これ、好きって言ってくれるかな」 「もちろん。エレ様の贈り物ですから、きっと喜んでくださいますよ」  優しく微笑んでくれたカーラに、頷く。 「……うん。あのね、好きってアーリャが教えてくれたものないから、分かんなくて、不安だったの。困らせてごめんね」 「っ……エレ様」  何故かカーラが、涙ぐんでしまった。驚いてたら、マラナも、他の人もなんだか涙目だ。  マラナが視線を合わせてくれて、優しく手を握ってくれる。 「エレ様、寂しいなら寂しいとおっしゃっていいんですよ。我慢なさらなくていいんです。つがいだから、王子だから、そんなこと良いんです。ただただ、お会いになりたい一心だけで、空を飛んでこられるほどアーリャ殿下を想われていること、私共がよく知っておりますから」  僕の目から、ぽろっ、と涙が落ちた。たった一粒、それだけなのに、どうしていいか、分からなかった。アーリャの元に飛び込んだ時でさえ、泣かなかったのに。 「……あのね」 「はい」 「まだ、僕は、不出来だから、一緒に行けないの、分かってる」 「はい」 「……寂しいの、だから、我慢しなきゃ……アーリャに、あえなくなるから、だから」  耐えなきゃいけない。  耐えいていなきゃいない。 「つがいでしかない僕は、そうでなくちゃいけないから……」  それ以外に、生まれたときから僕は何にもない。生まれてすぐにアーリャに会って、それからずっと、一緒にいることだけ考えてきた。  アーリャが好きなのかどうかも、分からない。なのに、会えなくなるのが、怖くて仕方ない。  ぼろぼろと落ちた涙が、後から後から、頬を伝う。  泣きじゃくるうち、マラナが抱きしめてくれて、それで。  気が付いたら僕は、眠っていた。
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