280人が本棚に入れています
本棚に追加
夕食の間も、そんなことを考えていた。
顔には出してないつもりだけど、敏いマラナが『今日はゆっくりくつろいでください』と言って、いつもはしない特別な泡のお風呂を用意してくれた。
やっぱり、寂しいは、辛い。
「エレ様」
と、どこか嬉しそうなマラナが部屋に来て、手紙と綺麗な青色の箱を差し出した。あの箱、見たことある。そうだ、エレナがこの前くれた、お菓子の箱によく似てる。
「エレナから?」
僕がそう言うと、マラナが少しだけ困ったように微笑んだ。
「……いえ、あの。アーリャ殿下からです」
「え……」
こんな形で贈り物をもらうのは、初めてだった。受け取ろうとして、僕に翼しかないことを思い出し、目の前がくらくらしだす。
「ど、どうしよ、あけ、あけるの、あの」
「エレ様! 僭越ながら、わたくしがお手紙を開いて、箱を開けても構いませんか?」
「ま、マラナが? ……う、ん。おねがい」
頷くと、マラナがすぐに開けてくれる。マラナは栗鼠族だから、手先がとても器用だ。結ばれているリボンをするすると解いて、手紙も綺麗に開けてくれた。
「さ、ご覧ください」
「……アーリャの字だ」
足先で手紙を抑えて、じっと見る。
オヴァール領のこと、旅をしているという古鳥族に会ったこと、それから僕がどう過ごしていたか尋ねる内容だった。箱の中身は見たこともない真っ赤な果実で、マラナ曰く、オヴァール領で作られることで有名な果実らしい。
一個だけ食べたら、甘くてとても、好きな味がした。
やっぱり、アーリャは凄い。僕の好きなものを、ちゃんと知っていてくれた。
「手紙……アーリャの手紙だ……」
嬉しい。胸が、寂しいと違って、嬉しいで苦しくてたまらない。
口が思わず、声を上げる。ぴるるるる、と、笛のような音が出た。
こういう時、喉をつぶさなくてよかったと本当に思う。
「ど、どうしよ、返事。へんじしなきゃ」
「エレ様。折角なら、贈り物も合わせて選んでみませんか?」
「い、いいの? 僕、贈り物、アーリャに、選んでも、いいの?」
全然、口が回らない。マラナを含め、侍従たちが顔を見合わせた。どんな反応をされるだろう、恐ろしくて黙っていると皆が一様に笑顔になる。
「もちろんです、何でも良いのですよ、庭の花でも何でもよいのです」
「いっそ石でも問題ありませんよ」
そうなんだ、でもせっかくなら喜んで欲しい。
「そうだ! これ、この羽はどうかな? ここの、一番大きい奴!」
飛び上がって翼を広げて見せると、侍女のカーラがふらついた。鴉族の彼女の翼が、感情に反応して大きく広がる。
「エレ様!!」
「……かーら?」
「大声を出して申し訳ございません。不敬を承知です、首にして構いません。いいですか? その羽はダメです、絶対ダメです」
「どうして?」
他の侍従や侍女も不思議そうな顔をしている。カーラは自分の翼を広げると、同じように外側に並ぶ大きな羽を示した。
「この羽は、空を飛ぶために欠かせない『風切羽』と言います。エレ様の言う羽も、その1つです。それを、それをつがいに渡すのは……」
カーラが、ごくりと息をのむ。
「もう空を飛べなくてもよい、それほどあなたの傍に居たいという証です」
「え、ならあげる、アーリャにあげたい」
それならもっとあげたい。アーリャに伝わるかはわからないけど、手紙に書いたらきっと分かってくれる。
「抜いてしまえば、次に生えるのに年単位で時間がかかるのですよ? 古鳥族でいらっしゃるので、もう少し早いかもしれませんが……万が一の時、飛べないとなると逃げる経路が一つ潰れてしまうのです」
必死に言うカーラに、そういうことか、と納得した。
「そっか……じゃあ、抜いても良い羽は?」
「……分かりました、お教えいたしますね」
「ありがとう、カーラ。心配してくれて」
「とんでもありません。……マラナ様、鳥族の教師を加えられた方が良いのでは?」
「そうですね……早急に手配いたしましょう」
二人がそう話をしていたけど、僕は贈り物のことで頭がいっぱいだった。
アーリャは喜んでくれるかな。何て言ってくれるかな。
好きって、思って、くれると良いな。
カーラに教えられて丁寧に抜いた羽を手に、思わず呟く。
「アーリャ、これ、好きって言ってくれるかな」
「もちろん。エレ様の贈り物ですから、きっと喜んでくださいますよ」
優しく微笑んでくれたカーラに、頷く。
「……うん。あのね、好きってアーリャが教えてくれたものないから、分かんなくて、不安だったの。困らせてごめんね」
「っ……エレ様」
何故かカーラが、涙ぐんでしまった。驚いてたら、マラナも、他の人もなんだか涙目だ。
マラナが視線を合わせてくれて、優しく手を握ってくれる。
「エレ様、寂しいなら寂しいとおっしゃっていいんですよ。我慢なさらなくていいんです。つがいだから、王子だから、そんなこと良いんです。ただただ、お会いになりたい一心だけで、空を飛んでこられるほどアーリャ殿下を想われていること、私共がよく知っておりますから」
僕の目から、ぽろっ、と涙が落ちた。たった一粒、それだけなのに、どうしていいか、分からなかった。アーリャの元に飛び込んだ時でさえ、泣かなかったのに。
「……あのね」
「はい」
「まだ、僕は、不出来だから、一緒に行けないの、分かってる」
「はい」
「……寂しいの、だから、我慢しなきゃ……アーリャに、あえなくなるから、だから」
耐えなきゃいけない。
耐えいていなきゃいない。
「つがいでしかない僕は、そうでなくちゃいけないから……」
それ以外に、生まれたときから僕は何にもない。生まれてすぐにアーリャに会って、それからずっと、一緒にいることだけ考えてきた。
アーリャが好きなのかどうかも、分からない。なのに、会えなくなるのが、怖くて仕方ない。
ぼろぼろと落ちた涙が、後から後から、頬を伝う。
泣きじゃくるうち、マラナが抱きしめてくれて、それで。
気が付いたら僕は、眠っていた。
最初のコメントを投稿しよう!