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稀なる混ざりもの。
侍女たちを引き連れ、王宮の道を急ぐ。
図書館から届いた知らせに、足がまるでダンスのステップを踏むようにはしゃいでいるのが分かる。
「エレナ様」
たしなめる様に、侍女頭のマーレが言う。
「はぁい。ごめんなさい。でも、フェマルの書籍が届いたのでしょう?」
「はい。陛下のつがい、ミリュア姫のご尽力により」
「フェマルの書籍はとにかく挿絵が素晴らしく精密なの。あれはこの国も取り入れるべきだわ」
そんな風にあれこれ話しているうちに、図書館についた。
「ようこそ、エレナ様。用意しておきましたよ」
優しく笑うのは、この図書館の新しい館長だというセレドアという山羊族の青年だ。山羊族はだいたいが大きなおおきな角を持っていて、男性はよりいっそう立派なものを蓄える。
セレドアはその山羊族の中でも、格段に大きい角を持っているせいか、いつもやや猫背気味だ。首が辛くないだろうか、と、ふと考えてしまう。
「ありがとう、セレドア」
「早速ですが……こちらが薬草学の書籍でしてそれと……」
その重そうな頭をかしげて、セレドアがあちこち説明してくれる。ミリュア殿下の采配は素晴らしく、数多の本が用意されていた。
そういえば、あのお方は自国のために尽力する姫となりたいと言って、今もおひとりでいらっしゃる。将来、母様が身罷られた折には、ひょっとすれば対外的な理由から、父様の後家に入るのかもしれない。
(父様がそうするとは思わないけど……)
ぱらぱらと本をめくっていく。やはり、挿絵が美しい。技法が特殊なのか、それとも風土が良いのか。
「ありがとう、セレドア。ところで言っておいた資料は?」
「もちろん。ただ、少々特殊な資料ですので、できれば担当者であるミナラとエレナ殿下以外は、お目に触れないでいただけると良いのですが……」
いぶかしげな顔をする侍女たちに、セレドアがさらに深く腰を折る。
「過去の王族にまつわる資料なのです」
侍女たちはそれで、悟ったらしい。私の侍女たちだもの、私の悩みも知っている。
担当者であるミナラの案内で、私は個室へ入った。机の上に広げられた書物には「美しい角」と「蜥蜴の尾」をもつ人物が描かれている。ミナラが手袋をはめた手でページをめくり、説明をしてくれた。
「見つけられた書物の中では、もっとも状態の良いものです。……6代前の王、ハリャ王のご子息として生まれられた、角蜥蜴のヘデン様の物語ですね」
「角蜥蜴……聞いたことはあるわ。もう残っていない一族だとか」
「ヘデン様のご子息、そのまたご息女までは血が受け継がれたものの、そののちは通常の蜥蜴族と変わりなくなったとか」
私……エレナは、このアバールを治めるケリャ王の姫として生まれた。
そして何より、稀なる混ざりものとして、生まれ落ちた。
家庭教師は、こう言った。
「獣人が混ざりものを尊ぶのは、それが次世代を象徴するからです。新しい種族は、元となった種族とはまた別の形で生きてゆくからです。そのために、どのような形で生まれようとも、大変に尊ばれます」
私は父様とも、母様とも、兄様とも、叔父様とも、誰とも違う。私の種族は、私しかいない。角猫族になるのかしら、それとも一角猫族?
母様の三角耳に手を当てて、父様から賜った角に触れる。
私はまだ種族名が無い。父様の血筋は王族だし、母様の血筋はオヴァール家だし。なんでも、とっても難儀してるんだとか。
過去に稀なる混ざりものとして生まれた王族は、例がほとんどない。ほとんどない、ということは、少しはあるということ。
それを探せば、少しは私の将来の手がかりになるのかもしれない。
兄のようにつがいにあうとは思っていない。何より兄は、政務に忙しい。
母のように唯一無二の愛を見つけられるとも思っていない。母はもっと、忙しい。
なら私はいずれ、どうなるのだろう。今はまだ簡単なことしかできていないが、いずれは家臣の妻となるか、あるいは別の国へ行くか……。
顎に手を当てて唸っていた私は、ミナラの方を見る。犬族らしい忠実そうな顔の彼女は、私から視線をそらさない。
「持ち出しは厳禁、よね?」
「無論です。しかし」
そう言って、紙の束を取り出した。
「私的にまとめた、稀なる混ざりものとしてお生まれになった貴族や王族の逸話です。私の大学の卒業論文のため……稚拙かとはおもいますが……」
「ありがとう!」
思わず手を取って微笑むと、彼女が恥ずかしそうに眼鏡を上げ下げする。
「いえ、姫の。その。エレナ殿下のお気持ちは……悩みは……私も思い当たるところがあって」
「思い当たるところ?」
「……実は、いとこが混ざりものなのです。犬族と鷹族の混ざりもので、体は犬族ですが、背に鷹族の翼がございます」
聞いたことが無かった。というか、思いつきもしなかった。
「私……混ざりもので生まれたの、自分だけのような気がしていたわ! ありがとう、ミナラ! 会えるか聞いてみる! セレドアの采配はすごいわね」
「そりゃあ、セレドア館長ですからね」
自慢げに笑うミナラに、私は嬉しさにニヤニヤしてしまいそうな頬を抑えて、個室を出たのだった。
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