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ミナラのいとこに会えたのは、ほんの数日後のことだった。
「エレナ殿下。近衛隊、赤の班、副班長のジッタントにございます」
まさか王家の近衛にいるとは思っておらず、私は鷹揚にうなずいた。自分の視野の狭さが、恥ずかしい。確かにジッタントは、犬族の耳に尻尾、そして。鷹族の翼が背中にあった。年のころは30代くらいで、私と比べると20歳は違うだろうか。
席と紅茶をすすめたけど、思えば近衛兵なのだから、こういう場に居合わせたためしなんてなかっただろう。かちこちと硬い動きで椅子に腰かける彼に、申し訳ない気持ちになった。
近衛隊は、赤、青、そして黒の3つの班に分かれている。普段、私や兄さまの護衛に動くのは青の班で、赤の班はそれこそ父様と母様直属だ。だから私も、目にする機会が無かったのかもしれない。
「どうか楽にして、と言っても難しいとは思うけど……今日、お呼びしたのは、私の悩みの解決の糸口になりそうだったからなの」
そう言うと、彼は両手を膝上に載せ、ぴしっとした姿勢を保ったまま、一回だけ頷いた。厳めしい面構えのせいか、実に様になっている。いつも父様譲りの青い目と母様譲りの優しそうな顔立ちを見ては「私にもっと威厳があれば」と悩まれる兄さまが、とても羨ましがる様な雰囲気だわ。
「悩み、ですか?」
声まで低くてがっしりとしている。なるほど、これは確かに、近衛向きと言えそうだわ。
「率直に言うわね。混ざりものとして生まれて、近衛を目指した理由って何かしら?」
「近衛を目指した、理由……」
困ったような顔をして、ジッタントが言う。
「それは、その。混ざりものとして生まれた義務的なものを、問うているのでしょうか?」
私は自分の言い方に、顔が赤くなる思いだった。
「ええ。えーと。そのね、ごめんなさい。……私、混ざりものとして生まれたことに、たぶん。自分でもすごく悩みを抱いているのよ、生まれただけで祝日できちゃったくらいだし……」
「……殿下は、混ざりものがどのくらい生まれるか、ご存じでしょうか」
「そうね……正式な統計がないってのは知っているわ、それくらい稀だって」
こくりと頷いたジッタントが、私の顔を見つめる。
「私は、実を言えば、初めて自分以外の混ざりものに会ったのは、エレナ殿下が初めてだったのです」
「そうなの?」
「はい。……わたくしは最初、庭師をしておりました」
庭師。
近衛隊の中でも、王と王妃を専属とする赤の班の副班長が、元庭師!?
「そこで身ごもられたジャノル王妃をその、受け止めるということを、いたしまして」
思いもよらぬ話に、私はぽかーんと口を開ける。母様を、受け止めた?
「ど、どういうこと?」
「……あれは夏の日でして。王妃が階段を下りられる途中に、立ち眩みを起こされたのです。そのまま崩れて転がり落ちる、と言うところで、その。私が、初めて、空を飛ぶことが出来まして」
「……空を、飛ぶ」
「私は無我夢中で、それまでこの翼の使い方を良く知らなかったのですが、火事場の馬鹿力といいますか、手に持っていた植木ハサミを投げ捨てて王妃を受け止めたのです」
知らない話だった。兄様の時にそんなことがあれば、逸話として残っているに決まっている。母様、そんな大変な状況から私を生んだのね……。
「その後、すぐに産気づかれまして。そのまま私が、王宮までお運びいたしまして。その後生まれたのが……その……」
「私だったのね?」
「はい」
ちら、とジッタントが私を見つめる。要は、彼は、私が無事に生まれることができた立役者というわけだ。
「ですので……わたくしが近衛となったのは、エレナ殿下のおかげでもあるのです」
「わたしの?」
「はい。その功績を称えると言われて、つい。近衛兵になりたくて、でも家の都合で騎士学校には通えなかったことを思い出してしまい……志願したところ、王妃が私財で支援をしてくださって。騎士学校に通うことができ、近衛となれました」
そう言って胸を張るジッタントは、満足そうだ。
それを見ていて、思えた。稀なる混ざりものだって、何だっていいって。
それ以上に私は、私が何をできるか知らなくてはいけない。彼が空を飛べると思わなかったように、私に何が出来るかを、思い描いていかなくてはいけない。
「分かったわ。ありがとう、ジッタント」
私の顔つきが、変わっていたのかもしれない。
ジッタントはどこか驚いたような顔をして、そして。
柔らかく、私に微笑みかけて見せたのだった。
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