外伝:贈り物に風切羽を

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 それから、飛んで、とんで。朝が来て、夜が来て、気が付いたら。  何かにぶち当たって、床に思い切り叩きつけられてすぐに、僕は誰かの腕の中にいた。 「エレ!!」  前より背の伸びたアーリャの腕の中に僕はいた。辺りにガラスが散らばって、部屋中が騒然としていた。あんなに嫌われたくなかったのに、こんなひどい飛び込み方をしたことを、今さらのように気が付いた。  耐えられたら良かったのに。  あれだけの時間を耐えきれたのに。  あのまま、あの場所で、アーリャのことを噂だけにしておけば良かったのに。 「エレ。私のつがい。すまなかった、酷いことをした」  なのに先に謝ったのは、アーリャだった。 「あーりゃ? なんで、あやまるの」  思わず声を出したとき、アーリャが息をのむのが分かった。 「……謝るに決まっているだろう! 君を呼ぶのに何年もかかり、手紙の一つも送らない馬鹿な男のところに、空を飛んでまで来てくれるなんて……」 「でも、きちゃったよ。がまんしてなきゃ、いけなかったのに」  アーリャが首を横に振る。ううん、アーリャ王子と、呼ばなきゃいけない。そう思っても、王子が出ない。 「我慢などさせた私が悪いのだ。怪我はないか? 身体を打ち付けただろう、翼は?」 「殿下!! 今しがた、空から……そら、から……」  飛び込んできた、背の高い狼族の人たちが、呆気にとられた顔をする。アーリャは僕に、自分が身に着けていたマントを巻き付けて、そのまま立ち上がる。 「陛下に伝えてくれ、飛び込んできた主を連れて行くと」 「……承知いたしました」  そのまま、僕は飛び込んだ場所の奥へ連れて行かれた。アーリャの腕の中にいるままでいいか分からなかったけれど、これが最後ならこのままでいたかった。  やがて僕はアーリャに抱き上げられたまま、とある部屋についた。 「陛下。アーリャ殿下が参られました」 「通してくれ」  綺麗な声だった。僕の潰れかけた声とは違う、本当にきれいで、美しい声。  そしてその声と同じくらい、綺麗な金と青の色を持つ人が、にこやかにほほ笑んでいる。近くには猫族の人が二人いて、一人は僕を見て目を丸くすると、側の蛇族の人に何事か囁いていた。  一番に口を開いたのは、体の立派な猫族の人だった。 「空から誰かが来たと聞いたのには驚いたが、なるほどなぁ……君がエレか」 「ラノル叔父上、お久しぶりです」 「あははは。アーリャ、お前、酷い顔だな」  その猫族の人が、金と青の色を持つ人の方を見た。 「ケリャ王。これはなかなか凄いことだぞ」 「確かにな……。アーリャ、つがいを見つけた報告は受けていた。幼すぎるが故、そのまま婚約者とできぬこともな。ただ、まさか王宮に飛び込むほど相手を寂しがらせているとは知らなかった」  金と青の色を持つ人に言われて、アーリャが僕を抱きしめたまま頷いた。 「そこには、何の申し開きもありませぬ。私がエレを寂しくさせ、迎え入れることもままならないまま過ごしていたのは、事実です」 「お前のことだ。あれこれ気をまわしていたのだろうが、我とミリュア姫の関係こそ奇特なのだぞ」  アーリャの顔が険しくなった、その時だった。 「さあさあ、そこまでにして、アーリャも彼を降ろしてあげなさい」  それまで黙っていたもう一人の猫族が、立ち上がって僕の目線に合わせる様にかがむ。綺麗な赤金色の髪の奥、柔らかく目が細まった。 「ようこそ、古き鳥族のエレ。疲れたでしょう、二晩は飛んだはずです。まずはゆっくり体を休めて、それから難しい話をお聞きなさい」  優しい手が、額に触れた。そこでやっと、つがいの印を隠すための布が無いことに気が付く。どこかで落としてきたのかな。 「アーリャも。大事なのは分かります、待たせたのが苦しいのも分かります。でも、その全てを後悔するよりも、今はエレの傍で落ち着くのを待っておやりなさい」  優しく言ってくれた猫族の人が、ジャノル王妃だと知ったのは、それからずいぶん後のことだった。その柔らかい手が額に触れたとき、僕は気絶するように眠ってしまい、次に起きたときにはアーリャの傍にいられることになった。  エッケハー様をはじめ、大勢の古鳥族が翌日にはやってきて、すぐにいろいろ詳しい話がされたとは聞いている。エッケハー様は僕を叱らず、代わりに翼でぎゅっと包み込んで、一言だけ「済まなかった」と謝って帰って行かれた。 「ろくに空を飛んだこともないのに、気持ち一つでやってきたつがいを、追い返すことはないだろう。アーリャはともかく、エレは外にいる時間で見れば五歳を過ぎたばかりの幼子だ。両者の合意もなく引き裂く方が酷と思う」  そうおっしゃられたケリャ王により、僕はアーリャの婚約者になれた。  会うこともずっと増えた、一緒に居られる日もいっぱいある。アーリャは僕を抱きしめてくれるし、エレナやジャノル王妃も優しい。あんなとんでもないことをしたのにね。  だからどんどん、怖くなる。学べば学ぶほど、恐ろしくなる。  僕は、本当に、つがいというだけで、アーリャの傍にいていいのかな。  飛び込んだあの日に戻りたい。そう思うことが、最近は多かった。
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