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稀なる一角獣族が納める獣人族の国、アバールには貴族階級が存在する。王族以下、アバールの建国を支えた者、あるいは、国へ多大な功績を果たした者に、金品と共に地位が渡される。
国を富ませる手腕があると認められれば、広大な領地を持つことも許されてきた。
その貴族たちが情報交換と、口には出さないやり取りのために開く夜会に、ミーアはその日、初めて訪れた。
(これが、夜会……)
ミーアは絢爛豪華という言葉を、初めて目の当たりにした思いだった。子爵以上の格を持つ貴族、それ以上の財を築いた商人、有望な絵師、農園の主人、ありとあらゆる情報が氾濫し、混沌として、猥雑で。
けれどそれぞれが、個として美しく、優雅に行き交う夜会。
母が支持した髪型と化粧、それから父が買い付けたという子爵家にしてはやや格の劣るドレス姿は、いくらか不相応に思えるような光景が広がる。一方、ミーアを連れた父は、ミーアより豪華な衣装をまとっていた。完全に自分は引き立て役なのだろう、と思いつつ、彼女は辺りを見回す。
(すごい……と、思っている顔が、できているかしら)
そんなことを考えながら、ミーアは会場の中へ入った。
しかし父はミーアに『子爵としての心構えを学んできなさい』と体よく言ってのけ、自分はうら若き乙女たちの元へといそいそと向かう。
ミーアが、壁の花となるのも難しい。そう考えていた時だった。
「きゃっ……!?」
ミーアは突然、左の薬指に走った痛みにも似た衝撃に驚いた。くるくると、赤い色をしたツタ模様が彼女の薬指に出来上がり、そして、誰か探さなくてはならないという強烈な感覚が顔を上げさせる。
「……あ」
ミーアの口から、小さな吐息が漏れた。
彼女のすぐ目の前にいたのは、美しい赤金の毛並みを持ち、一目で上等と分かる服に身を包んだ、端正な顔立ちの猫族の青年だった。ほっそりとした肢体はのびやかで、彼もまた、ミーアを驚いた顔で見つめている。
「……きみ、は」
「あ、の……」
2人はじっと見つめ合い、そして同時に、お互いの左の薬指を差し出し合う。
「もしかして」
「ひょっとして」
重なる声に、二人は慌ててまた、俯いた。辺りが騒ぎになる前にと思ったのか、青年がミーアの手を引いた。
「こちらへ、お嬢さん」
優しい微笑みと温かい手に、ミーアは大人しく従った。ほどなく、控室にやってきたミーアは、あらためて青年の顔を見上げ、その名を呼んだ。
「お初にお目にかかります、誉れ高きオヴァールのカラノル様」
「僕を知っているの? ああ、ええと、君は」
「ミーアです。ミーア・ケサ・オルファンと申します」
「ミーア、そうか、ミーアか……」
じんじんと胸が痛むのを、ミーアは感じていた。考えることも、感じることも放棄していた胸の奥深くが、何やら動き出すのがはっきりと分かった。
獣人には、唯一無二、運命の相手、つがいを見つけるという本能がある。
それが、ミーアの凍てついた心を、すっかり溶かしていくようだった。
「……あの、これはやっぱり。君は僕の……つがい、ということだと思うんだ」
「……はい」
「正直言って……とても、嬉しい。こんなふうに出会えるなんて、信じられない」
ミーアも、目の前で自分の薬指にツタ模様が出来てしまっては、頷かざるを得ない。
だけど、と、ミーアは思う。
(よりによって、私のつがいが……オヴァール辺境伯のご次男、カラノル様だったなんて……)
それを喜びととらえていいのか、ミーアには分からなかった。
「ミーア、近いうちに必ず手紙を送るよ。夜会で君と長く接しすぎたら、君の父上が警戒しそうだ」
「父をご存じなのですか?」
「顔と名前はね。でもできれば、君をちゃんとエスコートしたいな」
するっ、と髪と頬の間を撫でられて、ミーアは驚いた。
(嫌だと、思わなかった)
つがいだからだろうか。
分からないが、ミーアは、彼のことを知らないうちに、受け入れている自分に驚くのであった。
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