Lyra

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 天文部にある望遠鏡は使い回しだ。レンズ口径は八センチ、当然ながら屈折式であり、観測を行うのに申し分はない。研究などを行うと言うのであればこれでは不十分だが、部活動であるならば十分だ。 「そうだね、無理して買わなくてもいいようにって考えられてるもんね。でも、すごいよね」 「ああ。天文部自体の歴史は浅いらしいけど、出来た当時から、あの望遠鏡は使い回してるって、岡谷先輩と矢島先輩から聞いたことあるな。少なくとも、五年は使ってるとか」 「それだけメンテナンスとかも欠かさずにやってくれてたんだ」 「今も俺たちだってやってることだけどな。でも、一度もあれが壊れたって話は聞かないし、そう考えると確かにすごいよな」  言いながら、明もコーヒーに口をつけた。そのまま、しばらく無言が続いた。聞こえる音といえば、他の客が喋る声と、食器の触れ合う音だった。  やはり会話が続かない。そして、時間が経つにつれ、先ほどの店で一緒に歩いている間は忘れていたあの後ろめたさのような感覚が、また明の中で鎌首を持ち上げていた。  何かを話そうとするのだが、何も浮かばず、どんどん気まずさだけが募っていき、喋ろうにも喋りにくさが増していく。そうやって自分のことで手一杯だったため、遥がこちらを窺うようにしていたことに明はついぞ気が付かなかった。 「あの、さ。もしかしてなんだけど、菊川君、何か心配事とかあるの?」 意を決したように放った遥の一言に明は、飲みかけていたコーヒーに咽てしまった。 「し、心配事って、何で?」 「部室に来なくなるちょっと前から、何となくだけど菊川君の態度が、なんというんだろう。壁を作ってるって言えばいいのかな。何だか、よそよそしく思えたから。もしかして、何か悩み事とかで手一杯なのかなって思ってさ」  悩み事、確かにある。大きな悩み事が。しかし、その悩み事の張本人、というと言葉は悪いが、対象である遥にそれを洗いざらい打ち明けるわけにもいかない。 「悩み、というか。笹峰は誰かに対して後ろめたさを覚える事ってある?」
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