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そう考えて真っ先に思い浮かんだのは遥だった。ついに夢の中にまで出るようになってしまったかと苦笑する。
「連れて帰りたいのです、地上へ。俺と彼女が過ごした時間は、あまりにも短い。もし許されるのであれば、それが俺の願いです」
何かの力に動かされてではなく、自分で発した言葉だった。
「一度死んだ者を蘇らせることなど許される行為ではない。もし、どうしてもというのならば、よろしい。ハデス王に会わせてあげよう、乗りなさい」
これは私が決められることではないから、とカロンは明を船に乗るよう促し、ゆっくりと下流へ漕ぎ始めた。ほどなくして、王宮の前にたどり着いた。
「ハデス王はその中におられる。行って、審判を下してもらうと良い」
再び上流へと去っていくカロンに礼を言い、明は王宮へと入った。
その先の展開は、既に神話で読んだ通り。ハデスに、エウルディケを地上へ連れて帰りたいと願い出るも、カロン以上の迫力で大喝され、危うく王宮からつまみ出されそうになる。
そこで竪琴を演奏するが、これも全く取り合ってもらえない。懸命に訴えようとする明の姿に憐れみを覚えてか、ハデスの傍に控えていた文官がせめて話を聞くだけでもどうか、と説得する。その甲斐あってか、ようやくハデスは明の方に向き合ってくれる。そして、地上に戻るまでの間、後ろを振り向いてはならないという約束を取り付けたうえでエウルディケを明に預けてくれた。
だが、このエウルディケの顔は、二週間前の夢に出てきた人物とは異なっていた。今目の前にいるのは遥だった。眠ったままの遥を背負い、ハデスに示された地上へ続く階段を上る。もう少しで地上、というときに異変が起きた。一段階段を上るたびに景色が白い靄に飲まれ始めたのだった。そして、それはどんどん濃くなっていき、ついには何も見えなくなっていった――。
◇
けたたましい目覚ましの音に、鈍く重い頭を持ち上げる。なおもうるさく鳴り続ける目覚ましを乱暴に止めて、上体を起こしたまましばらくボーッとする。ひどく疲れる夢だった。
――それより、何でひと月前のあの夢がまた。それに、エウルディケ、笹峰だったよな。
思い出した瞬間、顔が真っ赤になっているのがわかった。誰もいないと言うのに、一人頭を激しく振る。それでも夢での遥の顔が頭から離れないのでグシャグシャと髪をかきむしる。それも無駄だとわかったところで、ようやく諦めてため息をついた。とりあえずベッドから降りて普段着に着替え、掃除でもしようと思いついたところで、今日が天体観測の日であることを思い出した。
――そうだ。今日こそ白黒はっきりさせなければ。
思わず握りこんだ拳に力が入る。
――問題はないはず。自分の気持ちは固まった。あとは、それをどう伝えるか、だけだ。
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