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Study003: splinter「トゲ」
何故だろうか。
昨日見せた真崎の顔がやけに心にひっかかる。
喉に刺さった小骨みたいに、急にふとした瞬間蘇る。
その不快感に似た小さな痛みは、心に刺さったトゲみたい。
あんな顔をさせた、罪悪感と言う名のトゲなのか。
夢月は黒板に向かい深く溜息を吐く。
最初は意識し過ぎてそう感じるのかと思っていたけど、違う。
物言いたげな真崎の視線がグサグサと背中に突き刺さるのだ。
朝のHRから始まり、今現在も……
授業がやり難くて堪らない。
だけれど、しっかりしないといけない。
振り回されたら負けだ。
夢月は気を取り直して笑顔で振り返る。
「では、この英文を訳してください」
教壇から生徒を見渡すと、やっぱり真崎と目が合った。
深く黒い瞳が真っ直ぐに見つめて来て、反らせない。
「えっと、じゃあ、真崎くん」
名前を呼んだとたんに、ふいっと真崎が顔を逸らす。
「あー、えっと、わからないみたいなので、先生が訳しますね」
チョークを手に夢月は黒板に向かう。
な、なに?!
あれだけ見ておいて無視って、なんなの?
まさかレイプって言ったこと怒ってるの?
だって脅しだし、レイプだし、未挿入だけど…
だいたい、エッチなことしたいだけなら、なんで私?
嫌がらせ??
それとも、私の事が好き、とか??
だけど、教師だし、生徒だし、8才も下だし、現実味ないし!
……ない、よね?
あるワケないない。
「先生、何て書いてるか分かりません」
生徒に指摘され、夢月は我に帰る。
黒板を見ると良くわからない文字になっていた。
「あれ!え、やだ」
慌てて書き直し解説をする夢月を見て、真崎が鼻で笑う。
丁度そこで終業のチャイムが鳴り、夢月は胸の底から安堵した。
レベルが高い進学校、ただでさえ授業は緊張するのに、あの妙な視線を意識すると気が散る。
あの瞳はまるで、行為の時に自分を見つめてくるそれで…
『夢月先生がオレの手で感じてる顔、堪らない』
そう告げた時の、憂いを帯びた甘く優しく見透かす眼差し。
気持ちが疼いて落ち着かなくなる。
連日、体に触れられ快感を押し付けられて、何だか色々とおかしい。
無理矢理かと思えば丁寧で、意地が悪いようで優しい、勘違いしそうになる。
黒板を消しながら夢月は唇を噛む。
違う違う、そうじゃない。
脅して関係を迫る様な、あんなサド男に振り回されちゃダメだっ。
「夢月先生、お疲れ様です」
ふいに横から声をかけられ夢月はびくりと肩を震わせた。
いつのまにか隣のクラスの担任、鈴木がそこにいる。
「あ、お疲れ様です、鈴木先生」
取り繕う様に笑顔を向けると、鈴木が照れた様に頭を掻いた。
「急で申し訳ないのですが、学年別の職員ミーティングを今日の放課後行えないかと」
「わかりました」
一瞬、真崎との約束がチラついて夢月は内心動揺する。
心に刺さったトゲが疼く様な小さな痛み。
「職員室戻りますよね?一緒に戻りましょうか」
「……そうですね」
鈴木に促され教壇の教科書を手に教室を出ると、廊下に携帯片手に窓に寄りかかる真崎がいた。
だが、携帯の画面から一瞬目を上げただけで終わる。
いつもの時間に教材室に行けないことをどう伝えるべきか、迷う。
それとも今の会話が聞こえていただろうか。
すれ違う瞬間、廊下の喧騒が遠く霞んだ。
それくらい真崎に意識が集中したことに、夢月は戸惑う。
横で鈴木が何か言っているけど、聞こえない。
教室が途絶え、階段を前にして夢月は足を止めた。
「鈴木先生、忘れ物したので先に戻っていてください」
「………はい」
階段を降りる鈴木を確認してから、速足で戻る。
今日行けないって伝えるだけ、それだけ。
変わらず廊下にいる真崎に近づき、息を整える。
何だか100mを疾走したくらいの疲労感を感じた。
「今日放課後職員ミーティングだから」
声をかけるとやっと真崎が目を向けてくる。
「……だから?」
「待たないで………」
喧騒に紛れ込ませる様に声を潜ませるけれど、言ってみるとなかなか恥ずかしいもので、語尾がごにょごにょと濁ってしまった。
「ふーん」
真崎が細めた瞳で見下ろしてくる。
「んじゃ、明日ペナルティですね」
そう言うと真崎は教室へと足を向けた。
声も口調もトゲトゲしい……
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