Study004: stipulate「条件としての要求」

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Study004: stipulate「条件としての要求」

あの手がどんなに優しく触れても、あの声がどんなに甘く囁いても、それは条件という要求。 脅して脅される、そんな関係。 職員ミーティングを終え、夢月は給湯室で職員の湯呑みを洗いながら溜息を吐いた。 大学受験を控えたクラスを代打で担任するのは、結構大変なものだ。 問題の少ないクラスだし、進学が危うい生徒は少ないからと教頭に言われたが、蓋を開けてみたら一番厄介な問題児がいるではないか。 「片付けて貰ってすみませんでしたね」 給湯室を出て職員室に戻ると、まだ鈴木がいた。 「自分のを洗うついでなので、大丈夫ですよ」 職員室には他に誰もいない。 職員室の半分はすでに消灯していて、若干不気味に思えた。 「では、お先に失礼します」 自分の席から鞄を手に取り、軽く頭を下げると、鈴木が席を立つ。 「夢月先生、ちなみに、コレなんですが」 鈴木が携帯をそろそろと差し出してきた。 画面に目をやると、身に覚えのある姿が写っている。 教材室から出てくる真崎と自分。 「こんな時間に教材室で、何してたんですか?」 「き、教材の片付けを手伝って………」 言いかけて夢月は息を飲む。 そこに写る自分の顔が別人のようだった。 上気した頬に乱れた髪、見上げる先に肩越しに振り返る真崎がいる。 なに、コレ……まるで、恋人同士みたいな。 何を言っても説得力を持たないような、そんな写真。 携帯を持つ鈴木の手が細かく震え出した。 「夢月先生、彼は生徒です、これはいけない」 鈴木が言う事は最もだ。 事態が発覚するのも良い頃合いなのかと、夢月は覚悟した。 「黙ってますよ」 俯いて黙り込んだ夢月の肩を鈴木が掴む。 「そ、その代わり、僕の彼女に」 グイッと体の距離を詰められ、携帯が派手な音を立て床に落ちた。 「鈴木先生?!」 近づく鈴木の息の荒さが尋常ではないし、強く掴まれた肩は痛い。 「ちょっと、離してください!」 体を押しのけるが全く意味を成さず、揉み合ううちに鞄が足元へと落ちた。 乱暴な、一方的な力の押し付け方に、恐怖を感じる。 「あんなガキより、僕のほうが」 抱き締めようとしているのか何なのか、鈴木の力は強く、荒げた声は掠れていた。 鈴木の息が顔にかかり、不快感が込み上げる。 違う……… 真崎くんと全然違う! 「やめてっ!」 叫んだ自分の声が震えている。 もう駄目だと思った瞬間、目が眩む光が瞬いた。 「決定的瞬間ゲット」 その声に鈴木が慌てて夢月から手を離す。 「教師と生徒もヤバいけど、これもヤバいよね」 携帯を片手に職員室に入ってくる真崎が見えて、夢月は呆然とする。 なぜ真崎がここにいて、写真を撮っているのだろうか。 その写真で鈴木と自分を脅すつもりなのだろうか。 考えがまとまらない。 黒ずんだ重い液体が淀みを作っていくような嫌悪感。 「良く撮れてますよ」 真崎が鈴木と夢月の間に入ってきて、携帯の画面を鈴木に見せた。 鈴木から夢月を隠すように、真崎の背中がある。 「真崎、お前こそっ」 鈴木が慌てて携帯を拾い、真崎に写真を突きつけた。 「あー、それでしたら、教材室で片付けてたら夢月先生が具合悪くなって」 怯んだ鈴木を見て真崎は笑ったようだった。 そして肩越しに夢月を一瞥する。 「なーんて、ね。鈴木先生が御察しの通り、ナニしてたんですよ、その写真は事後」 「ま、まさきくん?!」 何を言い出すのかと夢月は真崎の腕に背後から飛びついた。 「夢月先生の秘密掴んで脅してるんで、オレの言いなり」 それを振りほどく様に腕を避け、真崎は続ける。 「しかも、これで鈴木先生も脅せちゃうけど、どうします?」 「真崎、お前、夢月先生とのことがバレたら、お前だってタダじゃ済まないだろ!」 「戦うつもりですか?この写真と、その写真で。パッと見、どっちに分があるかな」 鈴木がギリギリと歯を食いしばり、真崎を睨みつけている。 青白い鈴木の額には紫色の血管が浮き出て、怒りに満ちた目が赤く充血して見えた。 「それに、こんなのもあったりして」 『黙ってますよ』 『そ、その代わり、僕の彼女に』 『鈴木先生?!』 『ちょっと、離してください!』 『あんなガキより、僕のほうが!』 『やめてっ!』 ガタガタと言う物音と音声が流され、鈴木の顔がみるみる青ざめていく。 「わかったかよ。勝ち目ねーって」 真崎の声が抑えていた怒りを滲ませるように、低く凄味を帯びた。 「夢月先生はオレのもんなんだよ。二度と手ぇ出すな」 真崎の言葉に夢月は喫驚しながらも、高鳴り出す動悸に戸惑う。 何やら、その台詞がしつこく頭の中で反芻する。 鈴木のリアクションなど確かめる余裕もない。 真崎はそんな夢月に鞄を拾い上げ手渡した。 「男同士の話があるんで、夢月先生は帰ってください」 「………え?でも、あの」 口調も声のトーンも元に戻っている。 「言いなり、だろ」 真崎の目が察しろと言わんばかりに細められた。 夢月は仕方なく職員室を出る。 廊下に出て振り返ると、真崎が片手を払って見せた。 犬でも追い払うかのような手つき。 どうしよう…… とんでもない告白を受けてしまったような。 なんだ、あれ。 なんなんだ、あれはっ。 ドラマの中でしか聞かないようなセリフ。 真崎くんが何を考えてるのか、解らない。 最初から意味不明ではあるんだけど…… しかも、あの脅しテクは何? 何者なの? だけど、助けてくれたのよね。
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