第三話

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第三話

 地下通路はまるで処刑場に引かれていく死刑囚が、最後に歩く通路のような、長細い寂しげな一本道になっていて、それはここが死後の世界だという内蔵が凍りつくような事実を十分に思い出させてくれるのだが、目を凝らすとその奥には焦げ茶色の重々しい扉が見えてきた。どうやら、前を歩く女性との面会はあの部屋で行われるようだ。しかし、その大扉の手前に何者かが顔を天井に向けて哀れな姿で横たわっているのが確認できた。女性はそれを気にも止めないように踏み越えて進んでいったが、私はそれを確認するとすぐに足を止めた。  それは外見上、地球人と思われる男性だったが、私と同じように半透明の魂の姿で、ぐったりと壁にもたれ掛かっていた。恰好は薄い草色の作業着をまとっていて、顔にも二十世紀前半頃のアイルランド人の労働者のような泥臭いところがあった。しばらく眺めていても彼は身動き一つせず、顔は苦悩のためか相当にやつれてしまっていた。理由はわからないが、何らかの理由で魂が活動を止めてしまっているようで、目の前で手を振ってみても、一言も話してはくれなかった。これでは、どのくらい長くここに倒れているのかもわからない。彼は薄汚い帽子を被っているのだが、同じところにずっと寄り掛かっていたために、その一部が壁にめり込んでしまっているようだった。 「彼はいったいどうしたんですか?」  私は少し慌てて女性に聞いてみた。先ほど、私の他に魂は来ていないと聞いていたので、ここで新たな地球人に出会ってしまったことは大きな驚きだった。 「ああ、気になさらないで下さい。それは以前ここを訪れた魂の残骸なのです」  女性は倒れている労働者を見ても、冷静な口調のままで思い出したようにそう言った。この通路を行き慣れている彼女にとっては見慣れた風景のようだった。 「彼もあなたと同じようにここを訪れた魂の一つだったのです。そうですね、あれは地球の時間でいえば三万年ほども前のことだったかしら。それとも十万年ほどかしら。とにかく、彼も今日のあなたのように、慣れない感覚に脅えながら、確かにここへ来ていました。それだって、私の感覚ではつい最近のことのように感じられるんですけど、気がつけば、もうそんなに時間が流れていたんですね」 「彼はいったいどうしたんですか? ここで何があったんですか? まるで役目を終えて枯れてしまった花のようにすっかり萎れているではないですか。どうしてこんなことになってしまったのですか?」 私はアイルランド人の魂の残骸を指さしてそう尋ねた。 「私にもなぜこのようなことが起きたのか、詳しくはわかりませんが、その日、その人は多くの魂の中から、主によって選ばれてこの世界に呼ばれまして、私の役目で、この奥の部屋にお連れしまして、すっかり話を伺いました。それが終わりますと、そのまま次の人生に向かうために部屋を出られたのですが、いえ、話している最中は何も変わったところはありませんで、言葉は悪いですが、その身振りも口調も話す内容も、どこにでもいそうな凡庸な地球人といった感じでして、それは、大して興味深い特徴を持たないという意味ですが、そこで何かを思い出したようでして、不意に足を止められまして、おそらく前の人生で起きた悲しい事件のことなのでしょうが、うつむいてしばらく考え込んでおられましたが、結局、それを自分の気持ちの中でうまく消化することが出来ずに、魂がここで活動を停止してしまったのです」 「この世界でも、そんなことが起こりうるんですか? 魂は何者にも妨害を受けない、絶対に変化することのない、神聖な状態ではないんですか?」 私は驚いてそう尋ねた。 「理屈ではそうなのですが、ここを訪れる魂ももちろん、長い時間が経過する中で、無数におりまして、人間としての一生を終えるも、ここへ呼ばれるも、すべては主の判断によって決められるのですが、その無数の魂がすべて順調に次の世界へと導かれるかと聞かれますと、なかなかそれは難しいようでして、言うまでもなく、魂には思いつく限り無限の可能性がありますからね。何しろ、この世界では次の人間へと生まれ変わる過程の状態で活動しますからね。それは生まれたての赤子のように、加工する前の粘土のように繊細な部分があるようでして、中には、主の想像をも越えるような行動をとられる魂もございます。もちろん、主はすべての魂の来世への移動を完全に保証しているわけではありませんし、そのような想像だにしない手違いが起こることも、主の壮大な考えの範疇の一つのようですが、それにしましても、魂がここで突然活動を停止してしまったという今回の出来事は、主にとっても珍しい事態のようでして、私の記憶にも、魂が通過点であるこの世界を無事に出られなかった案件というのは、後にも先にもこの一件しか無いように思われるのですが、この魂がこうなりました直後に、すぐに主に報告致しまして、命令を仰ぎましたところ、もう私にも手の施しようがない、致し方ないので、そのままの姿で魂を保存しておいてくれと言うことでしたので、その通りにしてあります」  私はそれを聞いてすっかり同情してしまい、もう一度労働者の方へ視線を向けた。 「それにしても、これは悲しい事件です。次の世界へ移動出来なかったということは、この魂にしてみれば、人生を一個損してしまったということではないですか。なぜ、そんなことが起きたのでしょう。あなたはこの世界の管理者でしょう? いわば、この世界で起きたすべてのことに責任を持たねばならない立場のはずです。何か、思い当たることはないのですか?」  私は労働者の遺体をそのままにしておけないので、何とかしたいと思い、女性にそう尋ねてみた。
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