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「食うものがねえんだろ?だったら奥さんと娘に稼いでもらえばいいじゃねえか。なあ」 ギャングはヘラヘラと不気味な笑みを浮かべながら洞穴の中に入って来て、男の肩に手を掛けた。 男は肩の手を振り解こうとしたが、ギャングはいきなり、もう片方の手で男の顔を殴りつけた。 男は横に吹っ飛んだ。 「邪魔なんだよ!」 ギャングに非情に足蹴にされている男と、連れ去られようとしている妻と娘を見ていて、俺は生き別れになっている家族のことを思い出した。 今まさに、"俺の家族"が地獄に連れ去られていくような幻影を、そこに見た。 気がついたら、俺は食事用のナイフをギャングの腕に突き立てていた。 「うぎゃあ!」 ギャングは悲鳴と共に、腕から赤い血を撒き散らし、体を震わせた。 外に居たギャングの仲間が異変に気がつき、怒気を込めてこちらに向かって来た。 「動くな!」 俺はギャングの腕を力一杯抑え込み、ナイフを喉元に突きつけた。 目の前のギャングは、悔しそうな顔をしながら、後ずさりつつも、手にはサバイバルナイフを持って構えた。 俺はさらに目の前のギャングを睨みつけたが、ギャングの背後にいる仲間もが、その手にナイフを持って構えているのが見えた。 このままギャングを押さえ込んだまま、一体どれだけ持ち堪えることが出来るのか… もはや時間の問題だ… その時、ふと洞穴の外に広がる夜空に、何かが浮かんでいるのが見えた。 もうかなり暗くなっている漆黒の夜空に、何かが浮いたまま、こちらに徐々に近づいてくるのが見える。 「おい、あれは何だ?」 俺はギャングの気をそらそうと、夜空に浮かぶ何ものかの方を指した。 ギャングどもは余程気になったのか、夜空に浮かぶ謎の浮遊物の方を一斉に振り返って見た。 その瞬間、俺はすかさず、捕まえていたギャングを前に蹴り倒し、それにぶつかってたじろぐギャングどもをすり抜けて三人を連れ出し、洞穴の外に飛び出した。 「走れ!」 男と妻と娘に俺はそう怒鳴り、すぐに臨戦態勢に入って、ナイフを構えた。 "俺の家族"を救うためだ… 何故か俺はそう思っていた。 すぐに怒りに満ちたギャングどもが、俺の方に突進してきた。 だが。 その瞬間、訳の分からないことが起きた。 例の夜空に浮かんでいた飛翔体が俺にぶつかって来たかと思うと、いつの間にか、あっと言う間に、俺と男と妻と娘を担ぎあげて、夜の空に舞い上がったのだ。 ギャング達が、唖然としてその光景を見上げているのが、空の上から見えた。 俺は自分を拘束して、今空を飛んでいる物体が一体何なのかよく分からなかったが、目を凝らしてよく見ると、それは大量の傘の群れだった。 何だ、これは? 何が何だかわからないまま、傘の大群は俺たちを空高く持ち上げて、どんどん高度を上げて飛翔していた。 一体、何処へ連れて行くつもりなのかは全くわからない。 ただ危機一髪、万事休すの状況を救われたのは確かだ。 このまま家族三人、何処か安全なところに逃がしてくれるといいが… 俺はそう祈りつつ、傘の柄に拘束されたまま、疲れからか眠りについている男と妻と娘の方を見ながら、生き別れた自分の家族のことをまた思い出した。 何処でどうしているのか… せめて無事に、生きていてほしい。 そう思った。 引きこもりだった俺を、何も言わずに世話してくれた母。 たまに部屋の前まで来て扉越しに話をしてくれるが、決して無理に外に出ろとは言わなかった父。 小さい頃は一緒によく遊んだのに、俺が引きこもりだしてからは、もう顔すら見ることもなくなってしまった妹。 ただひたすら、迷惑のかけっぱなしだった。 心から謝りたい。 今どうしているのか… 何も出来ない俺には、もはや無事を祈ることしかない。 そして、 俺は俺で生きていけるようになるしかない… 俺は、そのうち傘の大群に向かって叫んだ。 「頼む!この家族を安全なところに避難させてやってくれ。そのためなら何でもする。それから…」 俺は意を決して告げた。 「俺を、元の丘の洞穴の前まで戻してくれないか?」 俺は傘の大群に、懇願して頼み込んだ。 「あそこが危険なのはわかってる。その上ギャングを刺しちまったから、見つかったら只では済まないだろう。でも引きこもりの俺の本当の人生はあそこから始まった。俺は、あそこから始めて、最後まであそこで生き抜いて、自分の力で外へ出ていかなくちゃいけないんだよ!」 俺は大声でそう頼み込んだが、傘の大群はうんともすんとも言わなかった。 地上を見下ろすと、すでに市街地に差し掛かっているのか、街のイルミネーションの煌めきが見えた。 だがしばらくすると、傘の大群の中の、俺を拘束している二本の傘だけが停止し、家族三人を乗せた大群はそのまま飛び去って行った。 そして二本の傘は、今まで飛んで来た空を一気にUターンし始めたのだ。 「ありがとう!」 都市の高層ビル街の空を飛び交う、空飛ぶ傘=スカイアンブレラ。 そんな都市伝説をふと思い出した。 ある時、人は、それを目撃することが出来る… 俺は二本の傘に礼を言って、そのまま、俺が、自分の人生を一人で始めた洞穴に思いを馳せた。 必ずあの洞穴から、自分の力で這い上がって見せる。 金も小銭を貯めただけだが、後少しだ。 俺は、人生を、自分の力で生き延び、そしていつの日か… 世話になった家族に、今度こそ笑顔でまた会いたい… 俺の願いは、それだけだった。 (終)
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