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第一幕:ここは不思議な鏡の国
ここは鏡の国。
といっても、御伽噺のように全てが左右反対になっているというわけではありません。ただ単に、鏡で出来た壁によって土地が区切られているというだけです。
実際のところ、「鏡の国」というのはこの国の正式な名称でもなんでもなく、そこに立ち並ぶ鏡の壁を見た人々がそう呼んでいるだけでした。
さて、そんな鏡で仕切られた区画の一つに、一人の少女が住んでいました。
名はアリス。
十二歳で保育施設を出てからというもの、アリスはずっと一人で生活してきました。
一人暮らしで最も大変なのは、冬に備えて食糧を蓄えることです。
鏡の国の冬は寒く厳しく、作物がとれないのはもちろんのこと、吹雪のせいで猟に出られない日すら多いのです。そのため、短い夏の間にどれだけ食糧を備蓄できるかが、生死を決すると言っても過言ではありません。
施設を出てからの四年間で、アリスは、冬を越せずに命を落とした人達を幾人も見てきました。政府広報は、この国では皆に平等に食べ物が配給され、他の国とは違って誰も飢えることがないといつも誇らしげに語っているのに、不思議なことです。
アリスはこの四年間、一度も配給なんて受けたことはありません。
不思議なことです。
しかし嘆いても仕方がありません。嘆けば食糧がもらえるというのならアリスもいくらでも嘆きますが、そんなことはないのです。
アリスだけでなく、この鏡の国には、嘆いてばかりでろくに働かない者なんていません。そういった人達は皆、冬を越せずに死んでいったからです。
だからアリスは今日も今日とて、狩りに勤しんでいました。アリスは狩りについて天性とも言うべき才能があり、例年、この区画内では他の誰よりも多くの獲物を仕留めてきました。
しかしこの年は、例年に比べて獲物自体が少なく、アリスは焦りを覚えていました。
夏は既に終わり、季節は秋にさしかかっています。
鏡の国の秋は短く、一瞬で過ぎ去り、すぐに過酷な冬がやってきます。それだというのに今年は、まだ十分な量の備蓄ができていないのです。
アリスは鏡で仕切られた区画の内側を懸命に歩いてまわり、そして一つの結論に達しました。
――もうここでは、これ以上の獲物はとれない。
そうなると、残る道は二つしかありません。
おとなしく餓死するか。
それとも、鏡の壁を打ち破り、その向こう側で食糧を探すか。
鏡の壁の向こう側へ勝手に行くことは、政府によりかたく禁じられています。もしそんなことをやってバレたら、百万頭の飢えたセイウチがいる区画に全裸で放り込まれると、施設にいた頃からさんざん脅されてきました。
政府の言うことはいつもだいたい一万倍くらい誇張されているので、実際にいるセイウチの数はたぶん百頭くらいでしょう。そこに放り込まれる時も、全裸ではなく靴下くらいは履かせてもらえるかもしれません。
しかしたとえそうだとしても、怖ろしい罰であることに変わりはありません。
靴下だけ履いた姿で百頭の飢えたセイウチの前に放り出される自分の姿を想像すると、アリスは身震いせずにはいられませんでしたが、だからといって、座して餓死を待つのはごめんでした。
「生きるためには、仕方ないよね……」
そしてアリスは、覚悟を決めました。
鏡の壁を打ち破り、その向こう側へと行くことを、決意したのです。
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