10月の日記

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 10月31日(木)  昨日、空青が明日話すって言ってたやつなんですが、もう……なんて言っていいか……昨日の俺、死ねよって感じです。  今日はハロウィンだったので、仕事帰りにパンプキンケーキを持って空青の部屋に寄りました。  以下、その時の会話です。 「くぅ、ケーキ持ってきたよ。コーヒー淹れるから一緒に食べよ」 「あ、あ、うん。うん」 (この時のくぅは、とてつもなく挙動不審で、部屋の中を行ったり来たり何往復もしていました) 「なに? どうしたの? うろうろして」 「あ、いや別に……その」 「とりあえずケーキ食べようよ」 「うん」 「このケーキ、俺が作ったんだよ」 「えっ、ほんとに? すごい。美味しそう!」 (普段、店に並べているケーキは仕入れたものですが、たまのイベント時期には俺がケーキを作ることもあります。パンプキンケーキは、今月限定で出していたもので、我ながら良い出来だと思います。自分が作ったものをくぅに食べさせるとか、興奮……いや、歓喜してしまいますね) 「んー! 美味しい! 新、すごい美味しい!」 (えーもう、かわいいんですけど。この時のくぅは目をキラッキラッさせていて、許されるなら十枚ほど連写したいところでしたが、さすがに引かれるかなと思って、心のフィルムに焼き付けた次第です。ええ、キモいことは知っています) 「新の淹れてくれるコーヒーもすごく美味しいし、毎朝飲めたら幸せだろうなあ……」 (はい、ここ重要! テストに出ます! じゃなくて、気付きました? 毎日じゃなく毎朝って、くぅは言ってるんですよ。これって、おまえの味噌汁を毎日飲みたいのコーヒーバージョンプロポーズだと思いません? そうですよね? そうだろ? そうじゃなきゃおかしいだろ!) 「だったら店においでよ。九時からやってるし、俺は八時には店にいるから、くぅだったら開店前でもぜんぜん構わないよ?」 (俺の店は、くぅのアパートから徒歩十分圏内にあります。店をやると決めた時、俺が一番こだわったのが、くぅのアパートから近いことでした。もう半分ストーカーだって自覚はありますよ。でも、なにかあった時、すぐに駆け付けられる距離じゃないと心配じゃないですか) 「八時は……寝てる……俺っ、人間としてダメダメだからさあ、世の中の皆さんが出勤してる時間に寝てて申し訳ないよ……」 「なに言ってんの。くぅの仕事は時間とか関係ないんだからさ」 「そうだけど……」 「それより、昨日話すって言ってたやつ。あれ、なんだったの?」 「あ、ああ、ああああああ、ちょ、ちょっと待っ、待ってて」 (くぅは、ケーキを口に押し込んでから立ち上がり、何故かクローゼットを開けました。もしかしてハロウィンだから仮装してくれるとか!? なんて思った自分を、俺はその数秒後に殺したい気分になるのでした) 「こ、これっ! お、おめ、おめでとう誕生日!」 (くぅがクローゼットから出してきたのは、半年遅れの誕生日プレゼントでした。手のひらサイズの黒い小箱には、鮮やかなブルーのリボンがかかっていて、くぅの手のひらの上でそのリボンが小刻みに揺れていました。正座をして畳に額がつきそうなほど頭をさげて両手で差し出された箱。俺は、こんなにも可憐にリボンが揺れるのを見たことがありません。なんだか泣きそうでした) 「な、なにがいいかわかんなくて……それで、あおいちゃんに付き合ってもらったんだ。幼なじみでイケメンでお洒落でバリスタやってるって言ったら、あおいちゃんがシルバーアクセサリーとかがいいんじゃないかって……それで、どうせだったら名前とか彫ったら? って言われて、出来あがるのが最速で今日の午後だったから……だから、昨日言えなくて……ごめん」 (幼なじみでイケメンでお洒落……幼なじみでイケメンでお洒落……わかってます。今そこじゃねえ! ってことは。でも、くぅの目にはそんなふうに映ってたんだなぁと) 「開ける前からシルバーアクセだってわかっちゃったけど、いいの?」 「あ、あああああああ、俺のバカ! 良くないけど言っちゃったし……楽しみ奪ってごめん」 「いいよ。どんなアクセサリーかまではわからないから」 (箱の中に入っていたのはバングルでした。Arataと俺の名前が筆記体で彫られていて、小さなダイヤモンドが一石はめこまれていました。俺はすぐにそれを左手につけました。ひやりと冷たい純銀が、俺の体温に馴染んでいくのが、やけにリアルでした) 「ど、どう?」 「ありがとう。すごく気に入ったよ。高かったでしょ?」 「ううん、ぜんぜん。いつも新が俺にしてくれることを考えたら、ぜんぜん足りないくらいだよ」 (この時の気持ちを、なんと表現していいのかわかりません。嬉しくて感動的で、でも切なくて、どうしてだかとてつもなく胸が痛かったです。どうしてなんでしょう?)  今になって思えば、たぶん俺はくぅを抱きしめたかったのだと思います。だけどくぅは、俺のことを世話焼きな幼なじみとしか思っていないような気がして……味噌汁コーヒーバージョンプロポーズは受けたものの、なんだったらバングルは指輪の代わりかな? くらいにも思ったのですが、それでもやっぱり俺は、くぅに触れることが出来ないのです。  嫌われたり怖がられたりするくらいなら、幼なじみのまま好きでいられたいのです。片想いも長すぎると、恋情よりも、広くて深い愛情のほうが勝ってしまって、衝動に身を任せるということが出来なくなるのですね。タイミングを俺は完全に逃し続けているのです。  このままでいいとは思っていませんが、俺がくぅに告白する日は、まだまだ遠いようです。  今日はここまで。おやすみなさい。
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