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最終話 これって異物混入にあたるのだろうか
再び意識を取り戻した時、俺の身体は乳白色に包まれていた。その乳白色はひんやりとした液体でほのかに甘い香りを伴っている。俺の身体はそこでゆらゆらと漂っていた。どうやら本当に転生は出来たようだ。
この液体が何なのかはよくわからないが、とにもかくにもこのままでは息が続かなくなるだろうから、とりあえず酸素のある所へ顔を出そうと考えたその時、俺は重大なことに気がついた。
手足が無いのだ。いや、それどころか微塵も身体の自由が利かない。しかも見える範囲の身体はやけに黒光りしている。その黒い身体を動かそうとしても、自分の意志で動かせるのは視線だけ。見渡す限りのクリーム色の中で、思考回路だけがバタバタともがいていた。
このままではせっかく貰い受けた命を無駄にしてしまう。焦りが限界まで押し寄せてきた時、更に気づく。
(息が苦しくない……?)
前世の記憶的に体感で二分間ほど液体に身を沈めっぱなしのはずなのだが、一向に呼吸が苦しくなる気配が感じられないのだ。転生する時に「超人じみた肺活量」なんていうオプションをつけた記憶は無いのだが……。
そんな違和感に身を委ねていると、突然、液体が大きく揺れ始めた。つられて俺の身体も歩くようなリズムで上下に漂う。延々同じ軌道を辿るフリーフォールに乗っているような感覚だ。
しかし、その振動によって俺は初めてこの乳白色の液体の中に同居人がいることを知った。
黒光りした、テラテラヌルヌルとした球体がいくつもあるのだ。そうだな、アレに似てる。あのー何ていうんだっけ、こないだ桝太一が朝のニュースで原宿で話題沸騰中って騒いでたやつ。あ、思いだしたタピオカだ。そうだそうだ。あーすっきりしたー。
……。
…………。
――ってちげぇんだよぉぉぉ‼
言ったさ‼ 確かに言った‼ 「女子高生にチヤホヤされる存在」にしてくれって‼ ああ言ったとも‼
でもそれってこういうことじゃねぇんだよ! なあ、おい神てめぇ聞いてっか? おい聞いてんのかこら。誰がモチモチのデンプン加工品にしてくれっつった? 普通ああいう依頼のされ方したら、イケメン俳優とかアイドルとかそういうものに転生させない? お前は文脈を読む力とか無いわけ? どこをどう間違ったら、いたずらでてめぇに殺された人間がタピオカになることを所望しているっていうとんでもロジックに行き着くわけ?
あーもう最悪だよ。せっかく人生やりなおすチャンスだったのに。もう人ですらねーじゃん。あのジジイ本当に次に会ったら覚悟しておけよ。鼻の穴からタピオカ詰め続けてやる。もちろん窒息するまでな。
自称神への復讐の思いはどんどん高まっていくが、さてこいつはどうしたもんか。結局、俺は今タピオカになってるってことで確定みたいだし、ミルクティーに浸かっているってことは捕食される寸前と見て間違いないだろう。
見上げれば、濁ったミルクティーの中を、一本の透明なチューブが天に向かっているのが分かる。時折仲間たちがその中を吸い上げられて行きそれと同時に、じきに自分も、という恐ろしい想像が脳裏を掠めていく。
せめて最後の晩餐に、と身体を囲むミルクティーをちゅーちゅーと吸ってみたがその無感情な甘さに虚しくなるだけだった。まあもしかしたら俺の身体に味が染みているのかもしれないが、当の本人からしてみればどうでもいいことだ。嗚呼、おでんの大根とかってこんな気持ちなんだろうな。
「……‼」
突如、丸くぷにぷにとした身体を凄まじい圧力が襲った。俺は声なき叫び声をあげつつも、為す術なく、見えない力に引っ張られていく。
気づけば、俺の周囲は透明なプラスチックにぐるりと囲まれていた。すぐに自分がストローの中にいるのだと悟る。
(これまでか……)
ふがいない人生、いやタピオカ生だ。せいぜい十円くらいのプラコップの中で、業務用スーパーで買い込んだであろうミルクティーをすするだけの時間だった。
瞳を閉じ、最期の時を迎える覚悟を決める。
だが、しばらくしても見えない力に吸われ続ける感覚は一向に止む気配が無かった。それどころか、次第に圧力は高まっているようにも感じる。
意を決して目を開けると、透明な壁の向こう側には、かつて前世の自分が暮らしていた街並みが広がっていた。ストローの中で宙ぶらりんになっている俺には周りの様子が良く見える。青い空、白い雲、アスファルトを忙しなく行きかう車、ほのかに息苦しい人混み。以前の自分が嫌っていたものさえ、今はとても愛おしく思えた。
「ねえ~詰まっちゃって全然出てこないんだけど~」
頭上から若い女の声が聞こえる。続けて、きゃはははとかしましい笑い声が連鎖した。
左右に目を向ければ、そこには夢にまで見た女子高生がいた。両隣の二人も乳白色の液体を手にしており、その笑顔はとても無邪気だ。んー、左のギャルっぽい子よりも右の清楚風黒髪ポニテの子の方が好みかな。おっぱい大きいし。
察するに、どうやら両隣の女子高生と、俺を吸い上げようとしている女子(おそらく彼女も女子高生なのだろう)は、皆連れ立ってタピオカミルクティー片手に街を闊歩しているようだ。実に青春らしい。こんな素敵青春イベントに参加できる日がこようとは。
なんかもう自分がタピオカだとかどうでも良くなってきた。俺も一緒に街を闊歩してるようなもんだし、実質デートでしょこれ。JKお散歩でしょ。残念だったな、そこのサラリーマン。楽しい? 会社の犬になって社長とお散歩するの楽しい? こちとら無職だけどピチピチのJKとおデートだもんねー。わははは。ばーかばーか。悔しかったらお前もタピオカになってみやがれ。
そこまで煽って、はっとした。
もしかしたら、俺の他にもタピオカに転生している冴えない男がいるのではなかろうか。あのジジイこそ転生童貞だったが、他の神は日常茶飯事的に転生させているかもしれないし、それならそのうちの何人かがタピオカになっていたとしても不思議はない。
いや、何もタピオカに限った話ではないだろう。今俺を取り囲んでいるストローも前世は中年オヤジかもしれないし、なんなら今まさに俺を吸いだそうとしているこの女子が百パーセント純正の女子高生である補償はない。うわなにそれ急にテンション下がってきたんだけど。
……ああそうか。俺ははたと気づく。
この世の中って、物事って、観測しうる情報だけで判断することなんてできないんだ。目に見えるもの、触れられるもの、聞こえるもの。そんな表層的で未熟なものだけで、世界を知ることは出来ないんだ。だって現にタピオカの皮を被った元引きこもりが存在しているわけだし。いたって普通のカラスが突如超音速の糞を飛ばしたりするわけだし。世界は観測不可能で予測不可能な事象に溢れているのだ。
そう考えると、俺の前世も案外悪いものではなかったのかもしれない。俺が引きこもっている間、俺が世の中に出なかったことで幸せになった人間がいたかもしれない。金は無くても毎日食事はとれる生活というのは意外と恵まれている方だったのかもしれない。俺は青春を実らせられなかったけど、俺は誰かの青春になっていたのかもしれない。気づけていなかっただけで、幸せは案外身近にあって、俺はそれを知らず知らず抱きしめていたのかもしれない。
思い出のアルバムをめくると、ふとしたページに好きな子と一緒に写っている写真があるような。空っぽだと思っていた宝箱の中に一枚の金貨を見つけ出したような。ロマンが隠れていると思えば、どんな一瞬でも光り輝ける。
もう、ふがいない人生だなんて思うのは止めよう。最高の人生ではなかったかもしれないが、それなりに幸福な、まあ悪くない人生ではあった。カラスの糞で死んだり、タピオカに転生したり。なんだ結構面白い人生じゃねーか。
次の瞬間、俺の身体は圧力に負け。
女子高生の口内へ飛び込んだ。
もうずいぶんと長いこと、暗くねちょねちょとした旅路を進んできた。
JKに食われ、うわぁ女子高生とベロチューだぁ、と喜んだのも束の間、圧倒的な歯の力に押しつぶされ、食道を押し流され、ヒリヒリする胃液に溶かされ今に至る。改めて思う。人体ってすげぇ。
もう俺の身体は原型を留めていなかった。それでも意識が途絶えないというのはもはや拷問である。
とはいえ、身体中の炭水化物は軒並み消化・吸収され、搾りかすのような身体となってしまった今となっては、その意識もほとんど朦朧としていた。流動する腸の柔毛に押され、ただ流されていく感覚だけが身体を支配していた。
どうやら俺の二度目の人生もそろそろ終わりを迎えるらしい。
進む先に一筋の光が見える。時折、水を流すような音も聞こえた。
直腸の力強いプレスによって、俺の身体は徐々に徐々に*型の光の方へ進んでいた。段々と身体は加速していく。
白い陶器とそこに張った水面が目に映った、次の瞬間。
俺の身体はマッハ5の速さで女子高生の身体から飛び出した。
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